〔火曜日〕

あまりにも腰が痛くて目が覚めてしまった。背中も痛い。やはりソファで寝るものではなかったと後悔した。なるべく大きなものをと買ったソファだったが、大の大人が全身をくつろげてしまえばその大きさはあまり満足とは言えなかった。
腕の時計を見ると短針が七の方向をさしていた。あいつは学校へ行っただろうか。マルコの頭にあの少年の顔が浮かぶ。しかし朝飯を食っていないだろうからまだ寝ているのかもしれない。いや、でもエースから金を貰ったから飯はいらねえと言っていたな…
マルコは朝からあまり頭を使うのは好ましくないと思い、重い身体をソファから離して寝室へ向かった。寝室の戸を開けると、微かに携帯のアラーム音が聞こえた。ベッドの布団はふくらんでいる。
(…まだ寝てんのか)
結局少年はまだこの家にいたらしい。
しかしアラームが鳴っているということは、もう起きなくてはいけない時間なのだろう。マルコはベッドに近付いて、枕に顔を押し付けたまま寝ている少年を起こそうとした。肩をがくがくと揺する。が、びくとも動く気配がない。今度は少し力を強めて肩を揺すったが彼は死人のように動かないので、仕方なく耳元で「おい」と大きな声をかけてやった。
「…う…」
もそもそと少年が動き始めた。ようやくどうにか起きてくれたらしい。ゆっくりと上体を起こして目を擦ると、大きく欠伸をした。
「お前、早く起きなくていいのかい」
「ん…おきる…」
そうとは言うものの少年はまたうとうととし始めた。
「こらこら、二度目する気か?」
「だってベッドふかふかできもちいくて…あったかい…」
彼はまた布団と一緒に寝ようとしたので、マルコはその布団を取り上げて彼の首根っこを掴むと強制的に寝室から追い払った。

彼は七時半に家を出ないと間に合わないと言った。そのことを言った時点でもう既に八時を回っていて、マルコは頭が痛くなった。取り敢えず在り合わせの朝食を摂らせて寝癖をドライヤーで直してやった。
「早く着替えろい!なんつー格好でいるんだっ」
「ズボンがないんだよ!うえー、どこやったかな」
仕方なく学校まで車で送ってやることにしたが、それにしても用意が遅い。今もトランクス一丁で家を走り回っている始末だ。すると少しして寝室の方で「あったーっ」という大きな声が聞こえた。
「用意できたか?」
「おう!今行く今行く」
勢い良く寝室の戸を開けて制服姿の彼が出てきたので、マルコは車の鍵と携帯だけ持って玄関へ向かった。朝からこんなにどっと疲れたのは生まれて初めてだ。勿論これは寝床がソファだったからという理由だけではない。

彼の通う高校は家から車で十分ほどいった男子校だった。登校中の学生で溢れかえる細い道を抜けて、校門の前で車を停めた。行き交う学生たちが稀に見ぬマルコの車を食い入るように見ている。
「ありがとうおっちゃん!助かった」
「おっ、…俺にはきちんとマルコって名前があるんだが」
マルコは顔を引き攣らせた。おっちゃんと呼ばれても仕方ない歳ではあるが、何だか高校生に呼ばれると少しショックを覚える。
「おれにもルフィって名前があるぞ?」
大きく開かれた目にマルコが映る。取り敢えず「お前が名前で呼ぶんだったら、おれも名前で呼んでやる」と言いたいのだろう。ルフィと呼ぶのが妙に気恥かしくて呼べずにいたのだが、一週間だけの付き合いとなれどずっと「お前」呼びをする訳にもいかないな…マルコはそう自分を納得させた。
「わかったよいルフィ、気をつけて行ってこい」
「ん!ありがとうマルコ」
ルフィはもう一度礼を言うと、鞄を持って車から降りて学校へ駆けていった。彼の背中が見えなくなるのを確認して、マルコは車をUターンさせて帰路についた。帰りが遅くなると心配だから、今日帰ってきたら電話番号を教えてやろう。
朝も起こしてやってまたこうやって学校へ送ってやるなんて、何だかんだで世話らしいことができているじゃないかとマルコは少し得意気になった。


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -