現パロ


〔月曜日〕

午後十時、缶ビール片手にパソコンに向かっていると、玄関のインターホンがせわしく連打された。こんな無礼な訪問をしてくるのは一人しかいないと勘付いたマルコは、重い腰を上げて玄関の戸を開けた。
「マルコ!夜分遅くにすまん!」
「すまんと思ってるならもう少し静かに訪問してくれ」
独り身の男が一戸建てに住んでいる訳でもあるまい。少しばかり高貴なマンションにいようと隣人同士の関わりだってあるのだ。
その訪問客である旧友のエースはひどく急いでいるように見えた。紺のビジネススーツを着ているがネクタイはゆるゆるだしシャツはだらしなくズボンから出ている。きっとすぐに着替えて家を飛び出して来たのだろう。
「これから仕事かよい」
「急に出張が入った。しかも海外だ!そんでお前に一生の頼みがあるんだが」
エースの言葉で彼の背後から遠慮がちに小さな少年の姿が見えた。エースと同じ真っ黒な髪の毛をした、しかしエースに似ず大きな瞳を持った少年だった。
「一週間だけ弟をここで匿ってやってくれねえか。高校生だから昼間はいねえし、取り敢えず寝床だけくれればいい。後で礼は必ずする!」
「はあ?」
予想だにしない言葉ばかり突きつけられマルコは耳を疑った。しかしエースにそんなことを詳しく話している時間はないらしく、腕時計を見ると「じゃあ日曜の夜また迎えに来るから!」と言って、大きなキャリーを引き摺って早急にその場から去っていった。
「…」
マルコは目の前に取り残された小さな少年を目の端で見た。
(…何て面倒なことを押し付けてくれたんだ)
人の世話など満足にしたことのない自分が子守りなんてできる筈がない。料理は時間がなくていつもコンビニ弁当で済ましてしまうし、部屋は仕事の書類だらけで寝る場所もない。エースの弟に非はないが、自然とエースに対する不満は彼へと募る。
取り敢えず弟を部屋に上がらせた。広いリビングに無造作に置かれた革のソファに彼を座らせて、近くに散りばっていた書類を足で部屋の隅に寄せた。
「…何か飲み物持ってくるから待ってろい」
「あ…おかまいなく…」
エースがよく自慢気に話していたのはこの弟なのだろうか。エースの話からしたら非常識で馬鹿な子供だとばかり思っていたが、きちんとソファで鎮座しているから少し意外な印象を受けた。
冷蔵庫から適当に取り出した炭酸飲料をグラスに注いで、弟に手渡した。彼は小さく会釈してそれを受け取った。
「…お前、名前は」
「…ルフィ」
ルフィ、とマルコは頭でその名前を反芻した。そういえばしつこくこの名前をエースから聞いていたような気がする。
「ルフィくんは友達とかいねえのかい」
「友達?」
「こんな知らないおじさんの家より友達の家に泊った方が楽しいだろい」
「そんな、一週間も友達の世話になんかなれねえよ…」
少年は一言一言糸で結ぶようにして答えた。まあご尤もな意見ではあった。エースもそれを配慮してマルコの家を選んだのかもしれない。
「…でもおじさんはな仕事があってな、いちいち君の世話をしてあげらんねえんだよい」
「エースからお金貰ったからメシは自分で何とかする。寝るところは玄関でもいいから毛布を貸してくれ」
なるほど玄関な、と一瞬でも頷いてしまった自分を罵倒したくなった。いくら世話をしたくないからといって玄関で寝かすようなことはするものか。そんなことをしたらさすがにこの子も可哀想だ。だがしかし人が寝れるところなど自分のベッドしかない。
「俺のベッドで寝るか?」
「えっ」
「他人の枕でも寝れるなら」
少年は首を何度も縦に振った。しかしはっと気が付いたように「あっ」と声を上げて、マルコを窺うように見上げた。自分がそのベッドを使うことで主人の寝床がなくなることを悟ったようだ。
「俺はいい。ソファで寝る」
「あ、…ありがとう、ごめんなさい」
ソファで寝ると疲れは取れないし腰は痛めるしで良いことはないが、この少年が玄関で寝るよりはマシだ。
夕食は食べてきたのかと聞くと彼は首を縦に振った。風呂は、と聞くと首を横に振ったのでバスルームへ案内して風呂に入らせた。ソファの下に置かれた少年の鞄を寝室のベッドの横に移動させて、また再度パソコンの前に座った。あんなに彼の世話を拒否していたのにも関わらず、ベッドを貸し与えてしまったことであの少年を匿うことが決定したも同然だと今になって気が付いた。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -