学パロ


あと一分早く学校を出ていれば間に合ったのに。おれは目の前を通り過ぎてゆく電車を踏切越しで眺めながら自己嫌悪に陥った。

大会が近いんだぞ。今だ尚も耳でこだまする顧問の怒鳴り声。陸上という競技は最早他人との戦いではなく自分との戦いだった。どこまで自分を無理強いできるか、どこまで自分の精神と肉体を犠牲にできるか。
いくら走ってもおれのタイムは一向に伸びる気配を示さなかった。全力で走っているつもりなのに結果が表れない。足を動かしている筈なのに進まない。これは完全なるスランプだった。
カンカンカン、踏切が上がる。辺りはもう真っ暗だ。おれは重い足取りで改札を通りホームへ向かった。すると自分と同じ制服を着た緑髪の男が、ホームの腰かけ椅子に座っているのが目に入った。おれはそれが誰だかすぐに分かった。小走りで彼に近づく。
「ゾロ」
おれの声にゾロはすっと顔を上げた。それから少し遅れてルフィ、と返事をした。長身で目つきも愛想も悪い彼はおれのクラスメイトだ。
電車乗らなかったのか?と聞くと面倒だったと返された。すぐ目の前に電車が来れば乗るだけで済むことなのに、椅子から腰を上げることさえも億劫になってしまっているというのか。おれはゾロの隣りに腰かけて携帯を開いた。次の電車まであと二十分。
「お前部活?」
彼特有の一定の音で、ゾロはおれに問いかけた。おれは携帯を閉じて小さく頷いた。
「大会が近いんだ」
「随分遅いんだな」
「ゾロは?」
「補習」
ゾロの言葉を聞いておれはあっと声を出した。今日はそういえば放課後に英語の補習が組まれていた。赤点常習犯のおれは勿論その補習のメンバーであったが、そんなことすっかり忘れて部活へ直行してしまった。
「先生怒ってた?」
「それなりに」
おれは唇を噛んだ。補習を無断欠席するのはこれで何度目だろうか。今までは家の用事があったや部活に出なきゃいけなかったなどと適当に理由をつけてきてが、流石に今回ばかりは先生によるお咎めからは逃げられないだろう。おれは深くため息をついた。
「俺も叱られに行ってやるよ」
ゾロがおれの肩にぽんと手を乗せた。
「えっ、そんな、悪いだろ」
「部活であんだけ怒られてんだから少しぐらい俺が肩代わりしたっていいだろ」
虚をつかれたようにおれは一瞬静止した。それから肩を上げてはは、と自嘲気味に笑った。
「だせえとこ見せちまったな」
「顧問の声教室まで聞こえてたぜ」
「もう、分かってたんなら部活かなんて聞くなよ」
ゾロは俯き気味に笑ってすまんと言った。
するとベルの音と共に反対のホームに電車が入ってきた。乗車客は少なく、すぐにその電車はホームを通り過ぎていった。電車が与える風を背後で感じながら、ゾロが「俺大会見に行くよ」と口を開いた。
「えっ」
「だめか?」
「いや、だめじゃねえけど、陸上の大会なんか来てもつまんねえと思うよ」
それに今おれ本当に調子が悪いんだ。そう言うとゾロは別にそれでも構わないと首を横に振った。ゾロがいいなら、と思いおれは大会の場所と日程を彼に教えた。
それからほんの少しの沈黙が続くと、再度聞きなれたベルがホームに響いた。ただ今一番線に普通下り電車が参ります…電車が慌ただしくホームに滑り込む。二十分がとても短く感じられた。おれは椅子から腰を上げ鞄を持った。しかしゾロは一向に腰を上げようとしない。電車乗らないのか?とおれが問うとゾロは首を縦に振った。
「俺あっちのホームの電車だから」
彼はつい先程電車が停まった反対のホームを指さした。
「えっ、あっちってさっき電車来たじゃねえか」
「ああ」
「えっ、ごめん、おれが引き留めてたからだよな?ごめん…」
「気にすんな。俺が好きで乗り過ごしたんだ」
お前と話がしたかったんだ、というゾロの言葉と一緒に目の前の電車のドアが開いた。
何かが胸の中で弾けた気がした。それが何なのか、おれにはよく分からなかったけれど。
おれはゾロの方に目を向けて、大会がんばるから、と早口で告げた。ゾロは優しく笑って右手を挙げた。それを見届けておれは電車に乗り込んだ。驚くほどに先程に比べて身体がとても軽く感じた。


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -