学パロ


おれの隣りの席の男はいつも眠っていた。

名前は知らない。早いもので、もうこのクラスで二学期を迎える時期となったが、おれはその男の名前を知らなかった。なぜ急に彼のことが気になったのかは分からない。一学期は一度も気にかけたことなどなかったのだが、強いて言うならずっと緑の髪の毛だったのが、夏休みが明けた途端真っ黒になっていたから妙に目についた。きっとそれだけだ。

だからおれは朝のホームルームが終わった時、いつもの如く机に突っ伏した彼の肩をちょんちょんとつついてみた。
「…」
反応はない。今度は少し強く肩を叩いてみた。すると彼がゆっくりと顔を上げた。不機嫌そうに眉をしかめて、何だと言わんばかりにおれを睨んだ。安眠妨害をされて気分を損ねてしまったのだろうか。
おれはまず自分の自己紹介から始めるか、それとも髪の毛のことに触れるか迷って結局後者を選んだ。
「髪の毛どうしたんだ?」
「は?」
おれとこの男との初めての会話がいま成立した。話題が髪の毛のことなんて少し可笑しかったかもしれない、とおれはちょっぴり後悔した。男の眉間の皺は減らない。
「一学期は緑だったから」
「ああ…」
担任に怒られた、と彼は言った。想像していたよりもずっと低い声で格好よかった。男らしいと思った。起こされた上体は筋肉がほどよくついていて見惚れてしまいそうだった。
「気持ち悪いだろ」
「え?」
「黒なんて似合わないだろ」
男は自分の髪を二つ指で摘んだ。緑は地毛だって何遍も言ったんだがな、と目を伏せて笑う仕草は大人っぽくて、おれはどきりとしてしまった。
「そんなことねえよ」
「そうか?」
「でも緑の方がおれは好きだけど…」
とまで言っておれは口を噤んだ。おれは何を言っているんだ。似合う似合わないの話でなぜ好き嫌いの話が出てくるんだ。おれは焦って「だって緑の方が見慣れてるから」なんてしょうもない理由を取って付けた。何だかすごい恥ずかしい気持ちになった。
「じゃあ色戻してこようかな」
男は口角を上げて笑った。彼の笑顔がダイレクトに胸に刺さる。
「でも先生にまた怒られるんだろ?」
「別にいいよ。近々戻そうと俺も思ってたから」
すると一限の開始を知らせるチャイムが鳴った。ゾロは教科書と取りに行こうと席を立ったので、おれは咄嗟に「あの、名前」と口走った。
男はゾロ、と言った。おれはその名前を忘れないように何回も頭の中で繰り返した。ゾロ、ゾロ、ゾロ。
「おれはルフィ」
「ん、よろしく」
ゾロは廊下にあるロッカーへと向かっていった。おれはその大きな背中を見つめて、小さな声で彼の名前を呟いた。

次の日、ゾロは髪の毛を緑色にして学校へ登校してきた。案の定、担任が血相を変えてゾロを叱っていたが、彼はそんなことはものともせず平然としていた。その日、ゾロが担任から解放される時を見計らって、おれは彼に「その方が似合ってるよ」とこっそり告げた。ゾロはありがとうと優しく笑った。
以来、ゾロはあまり学校で寝なくなった。おれはそれがとても嬉しくて、暇さえあればずっとゾロとおしゃべりをした。

おれが彼へ抱く感情を自覚するのは、もう少し先のことだ。


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