偶然停泊した港町の中心部で今日、年に一度の舞踏会が開かれると聞いた航海士は目を輝かした。そして半ば強制的に船員達はその舞踏会に参加することになった。
舞踏会の会場は豪勢な宮廷のシャンデリアの元で、男女共に美しく着飾りし妖艶な音楽に合わせてお遊戯を楽しむ。ずっと踊り続けている者もいれば、ヨーロッパ料理を口にしながら談笑している者もいる。遥かに自由で、遥かにきらめかしい。
まるでそこはいつかのおとぎ話で見たような光景だった。
「ナミ!おれの服がねえんだけど!」
船長が上裸のまま更衣室から顔を出した。更衣室の外では既に船長以外の船員の準備が整っていた。
あら、おかしいわね。航海士が首を傾げる。人数分の燕尾服とイブニングドレスをレンタルしてきた筈だが、どうやら何かの手違いで燕尾服が一着足りないようだ。すると古学者がこれならあるわよ、と言って自分が身に纏っているものより一回りも二回りも小さいイブニングドレスを差し出した。
「あら何でドレスが余ってるのかしら」
「レンタル屋が男と女の数を間違えたようね」
ふーんと言いながら航海士は船長を一瞥し、あんたはこれを着なさいとドレスを船長に押し付けた。
「これドレスじゃねえか。おれは男だぞ?」
「うるさいわね。あんたがモタモタしてたら舞踏会終わっちゃうでしょ?早く着なさいっての」
いやだいやだと喚いた船長だったが航海士から大きな拳骨を喰らうと、ドレスを手に持って渋々と更衣室に戻って行った。
俺の夢は、そう。綺麗なレディと一緒に腰砕けになるまで舞い続けていたい。それだけ。それだけだったのだが
「何で俺がお前と踊んなきゃいけねえんだ?」
「おれだっていやだよ!でもナミがうるせえんだもん」
目の前にいるのはレディーではなく、奇しくも男。しかも我らが船長だ。
遠くの方で古学者と共に歩く航海士に目をやる。彼女はぱちんとウインクをして手を振った。そして「そのバカよろしく」と口を動かせて人混みの中に消えていった。
「…」
面倒事を任されてしまったようだ。俺はちらりと船長を見た。大きく開いたバストからぺったんこの胸が覗いた。可愛らしくレースをあしらった白のイブニングドレスが彼の褐色の肌によく似合う。慣れないヒールの靴に時々転びそうになりながら、目を伏せた時に見える長い睫毛に俺は不覚にもどきりとしてしまった。
「お前、燕尾服よりこっちの方が似合ってるぜ」
不意に出た言葉に船長はえっ、という声を上げた。それから困ったように目を伏せて、そんなこと言われても嬉しくねえ、と言った。
(…睫毛)
周りの人間は船長が男だということに気付いていないようだった。身体も女並みに華奢だし顔も童顔だから無理もない。
「踊るか、船長」
「何だよ、さっきまで嫌な顔してたくせに」
そう言って少年は目線を人混みに向けた。俺も彼に倣いそちらに顔を向けた。一方ではたくさんのヨーロッパ美人が胸を揺らして男を誘っている。一方では優雅なステップを踏んでドレスをなびかせながら舞う長身美人。どこを見渡してもわあと溜め息のでる美人ばかりだ。サンジは女と踊りたいんだろ、そう言う彼の目線はずっと女達を捉えている。
「まあ本来はな」
船長を見る。船長も俺に目線を戻す。一瞬二人の間だけ時が止まったような感覚に陥った。
「でもいい。今日はお前が一番可愛いから」
我ながらくさい台詞だ。自分で言っておいて段々恥ずかしくなってきた。表裏をつかれたように口を開けた船長の顔が徐々に朱に染まっていく。
すっと差し出した手の平に、少年の小さな手が重なる。その手を口許まで持っていき甲に触れるだけのキスをした。恥ずかしそうにはにかんだ少年がシャンデリアの光に照らされる。俺は彼の手を引いて祭壇へと向かった。