何だか今日はいつもより煙草の減りが早いななんて思ってしまうと、やはり自分は緊張しているのだと認めるようで恥ずかしい。
今日は年に一度の大きな花火大会がある。サンジは長年の意を決して、ルフィを祭に誘った。下心を懸命に隠しながら、何でも買ってやるからと苦し紛れの売り文句を彼に投げ掛けた挙げ句の果てに掴んだ二人きりのチャンスだ。男二人で気持ち悪いだろうかと周りの目やルフィの気持ちに悩んでいたサンジとは裏腹に、ルフィはおういいぞの一言でその場を片付けた。こんな簡単にルフィの隣りを確保していいのかと内心焦りながら、これをものにしない手はないと無理矢理ルフィの浴衣を着るように言いつけた。ええ、と最初は嫌がった彼だったが俺も着るからと言うと渋々了解した。
今日こそ告白してやるんだと意気込んだ自分に異常な羞恥を感じながら、多くの人が行き交う駅の前でルフィを待った。黒地に褐色で市松模様に染められた、着物屋の親父に男らしくて清潔感があると乗せられて買った浴衣を着て、シャワーも浴びたし髪もいつもより念入りにセットした。自分は既に準備万端なのに―…もう時刻は夜の七時を回っている。確か彼には七時に駅に、と伝えた筈だったが間違えた時間を伝えてしまっただろうか。いや、そんな筈はない。俺が決めた時間を間違えるわけがない。いや、七時になっても来ないのだからやはり自分が間違えて伝えてしまったのかもしれない…いや、でもと自問自答を繰り返していると遠くの方で自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。はっと吸っていた煙草を近くの灰皿に捨てて声のした方に首を伸ばした。白い浴衣を着た黒髪の少年がサンダルをぱちぱちと鳴らしながらこちらへ近づいてきた。
「遅くなってごめん」
そう頭を下げる少年は、間違いなくサンジがずっと待ち焦がれていた彼。
「全然、俺もちょうど今来たところだから平気だ」
言うまでもないが嘘である。この日サンジが駅に着いたのは集合時間より二時間も前だった。この二時間でどれだけ駅と煙草の自販機の前を行き来したか分からない。
「ほんとか?よかった。なかなかこれがうまく着れなくてよ」
ルフィは自分の浴衣を二つ指でつまんで見せた。白地に薄く紺のラインが入っている。大きく開いた胸元から浮き出た鎖骨が顔を出す。驚くほどサマになっている。
「似合ってるよ」
「ん?そっか?エースと一緒に選んだんだけどいいのなくてなぁ。でもサンジにそう言ってもらえてよかった」
ルフィはそう言ってにかっと笑って見せた。その笑顔にどきりとして頬が赤くなるのを感じながら俺はどこの少女漫画の主人公だと自嘲した。
すると頭上でドンと大きな音がした。頭に残る鈍い音を噛みしめながら顔を上げると、遠くの方で空に花火が散っていた。
「ああ、もう花火始まったみたいだな」
予定では花火が始まる前にルフィと屋台を回って一緒に神社の境内を歩く予定だったのに、初っ端から予定がだだ崩れだ。海岸に面したその神社は毎年この時期になると多くの観光客で溢れ返る。駅から神社までの距離はそうそうないが、花火を見るならやはり近くで見たほうがいいに決まっている。サンジは神社に行くようルフィの腕を引っ張った。しかし彼はそこから動こうとしない。
「神社行かねえのか?」
「うん。花火終わるまで」
「ここじゃ少し遠いだろう。神社で見なくていいのか?」
「ダイジョブ。ここでも十分見えるよ。あっ、ほらまた花火上がった」
サンジの手によって掴まれていたルフィの腕が、サンジの脇を入ってその腕に巻かれた。えっ、と思いサンジがルフィの方へ目を向けようとすると、また花火の音が鼓膜を揺らした。反射的に顔を上げる。赤や黄色の光に照らされて一瞬だけ少し辺りが明るく煌めき出す。
(これじゃあまるで恋人みたいじゃねえか)
それから連続して花火がどんどん打ち上げられたが、サンジはそれどころではなかった。横にいるルフィの体温が気になって気になってどうにかなってしまいそうだった。
少しだけ、と思い眩しいの光の中ルフィの方へ顔を向けると、あろうことかルフィもこちらに顔を向けていた。心臓が跳ねる思いで頭に血がかっと昇ってサンジはすぐに顔を背けた。どきどきと血液の流れる音は花火の音よりもうるさい。一瞬の出来事でうまく脳が働いてくれない。それはルフィも同じだったようで、少し間を置いてルフィに肘打ちを喰らってから初めて脳が再起し始めた。
「…見んじゃねえよバカサンジ…」
「お前だって見てんじゃねえよ…クソザルが…」
よくドラマとかCMとかで見た花火を見上げる彼女の横顔を盗み見するシーン。それに便乗したら、これだ。見事に視線をばちんと合わせてしまった。恥ずかしくて恥ずかしくてサンジはずっと顔を背けたまま固まった。
「勘違いすんだろ…ばか」
ルフィの虫のような声もサンジは聞き逃さなかった。腕に回されていたルフィの手を取って強く握った。がたがたと震える手がみっともない。自分を見上げたルフィの目を直視できず、サンジは夜空に散った飛散星を見ながら好きだと告白した。瞬間、タイミング良くまた花火の玉が破裂した音が鳴り響いた。そしてすぐに自分の手とルフィの手が絡み合って、おれも、と言うルフィの声が透き通るように聞こえた。ちょうど、暑い夏夜に虹色の星と煙がぼんやりと溶けていった空だった。