久しぶりに見た彼は酷く痩せていてやつれていた。その原因を今更問うこともない。鷹の目から話は聞いていたし、あの戦争は知らない人などいないほど有名なものとなった。彼は俺達を見ると心から安堵したように大きく口を開けて笑った。その裏にある思いを隠して。
「みんな無事でよかった」
船長らしい一言で、ウソップとチョッパーは大声を出して泣き喚いた。戦争のこともルフィの兄のことも口に出す人間はいなかった。船員は皆船に乗り、俺達は島から出航した。
おだやかな午後だった。やはりこの船に乗ると安心できる。いつも通り甲板に尻をついて昼寝をしていると、ふと隣りに人の気配を感じるた。ふわっと太陽の温かな香りがして、瞬時に懐かしさと愛らしさが込み上げてくる。目を開けなくともその正体は分かった。
「ゾロ」
短く小さく、他の船員には聞こえないような声で少年が俺の名を呼んだ。その声に応えるようにうっすらと目を開く。彼は俺の横に小さく蹲って頭(こうべ)を垂れていた。
「どうした」
ルフィ、と柔らかい髪を撫でてやる。ルフィは何でもないと言うふうに首を横に振って俺の腰に抱きついた。
「眠たいのか?」
「うるせえ」
船長はご機嫌ナナメのようだ。いじけたように俺の腕にがんがんと自分の額を打ち付けてくる。俺はしびれを切らしたように眉間に皺を寄せて、彼の身体を持ち上げて自分の膝の上に乗せた。最後にこの身体を持ち上げたときより幾分も軽くて驚いた。完治していない傷もたくさんベスト越しから見える。離ればなれになっている間でもきちんと三食飯は食っていただろうか。そんなことばかりが頭に浮かぶ。
今度は首に抱きつかれたので、俺は驚いてより一層心臓の動きが速まった。もう一体どうしたのだと言うのだろう。感覚があまりにも新鮮すぎて先走る感情に堪え切れなくなってしまいそうだ。
また少年が俺の名前を呼んだ。じっと大きな瞳で俺を捉えながら
「抱いてくれよ」
俺は腰が抜けそうになった。何ということを言うんだこの子供は。頭に血が昇るのを実感しながら、ああセックスな、と平然を装いながら首を縦に振った。するとすぐにばちんという大きな音を立てて頭を平手打ちされた。
「いてっ」
「ちげえよバカ!」
上擦ったルフィの声が鼓膜を震わす。
「久しぶりに会ったと思えばお前はそうやってセックスセックスって…」
「男は皆大抵そんなものだと思うが」
「ちがうそうじゃなくて、抱くっていうか、何ていうか、だからその」
てんてんてん…と数秒思考を巡らせた船長であったがすぐに諦めがついたのか、半分ヤケになった様子で手持ち無沙汰だった俺の腕を掴んで自分の背中に回した。
「こうしてぎゅってしろっつってんだっ、わかれよ!」
俺の肩口に顔を埋めて彼は喚いた。何とも強情だが「船長命令だ」とでも言うのだろうか。船長命令に従順な自分はすぐに彼の我が儘を受け入れてしまう。
「抱き締めろってことか?」
「いちいち言わすなっ…」
船長のお望み通りに、骨が軋む音が鳴るまできつくきつく抱き締めるとルフィは安心したように甘い息を漏らした。激しく波打つルフィの心臓の音が聞こえる。ルフィにも俺の心臓の音が届いているだろうか。
しばらくルフィは俺の首に縋りついたまま動かなくなった。ひんやりと首に冷たい液体が触れるのを感じるので多分彼は泣いているのだろうと思った。それでも、ちゃんと彼は生きている。息をしている。血が流れている。体温が温かい。ああ本当に
「無事でよかった、ルフィ」
小さな身体を自分の胸に押し付けて、俺は言葉を噛みしめた。ルフィは何かが吹っ切れたようにわんわん泣き出した。それが俺の涙腺を刺激する。どきどきとお互いの心臓の音は鳴り止まない。まだ彼との冒険は終わったわけではなくて寧ろ今はその過程であって、何だかそれが俺には無償に嬉しくなって薄く目を閉じて彼の濡れた頬に小さく口付けた。