「また寝てんのか?」
食堂の扉を豪快に開けたルフィの目にはまずゾロがとまったらしい。机に突っ伏したまま動かないゾロは、ルフィに顔を覗かれても微動だにしなかった。俺は食器を片づけていた手を止めてルフィに歩み寄った。
「放っておけよ。すぐにまた起きるだろ」
「そうだけどさ、どっかおかしいとこでもあんのかなと思って」
「寝てるなんざいつものことだろうが」
ルフィに心配されるゾロが羨ましくも憎くあって、俺はルフィの腕を無理矢理引っ張ってこちらへ引き寄せた。ルフィが体勢を崩し、うわっと上擦った声を漏らした。すると今の今まで石像のように動かなかったゾロの頭が瞬時に起き上がった。それは言うまでもなくルフィの危険を察知したからだろう。狸寝入りなんぞしやがってクソ意地汚ねえ男め。
ルフィは俺の一歩手前で体勢を整えたので、生憎彼が俺の胸に収まることはなかった。ゾロの鋭い視線を横で感じる。そしてルフィを離せとどすの効いた声が耳を掠めた。
しかしここで折れて負けるなど俺のプライドが許す筈もないわけで。
「腕掴んだだけだろうが」
俺が変なことでもすると思ったか?薄く目を開いて笑ってやると、ゾロは一層顔を険しくさせて席を立ち、大股で俺に近付くとがっしりと俺の胸倉を掴んだ。咄嗟に、あたふた焦ったルフィの声が聞こえる。
「やめろよお前ら、何やってんだよっ」
俺達の仲裁に割って入ったルフィは、すぐにゾロに片手で抱き竦められた。うわ、と再度彼は声を漏らして、ゾロの胸に顔を押し付けた。俺はその光景を見てぶあっと血液が沸騰するような感覚に陥った。腸が煮えくり返るとはこのことだろうと思った。額に汗と血管が浮くのが分かった。
ゾロの手がルフィの腰を伝って尻へと移動する。俺はそれを見過ごしはしなかった。
「てめえこそルフィを離しやがれクソマリモ、厭らしい手付きでルフィ撫でまわしてんじゃねえぞ」
「うるせえな。お前はそうやって何に対してもイチャモン付けなきゃやってらんねえ性格なのか?」
「てめえにだけはそんなこと言われたくねえ」
ゾロの胸の中のルフィは酷く焦ったようにきょろきょろとしていたが決して悪くは思っていないようだった。それが俺を余計に苛立たせた。ルフィに非はない。そんなこと分かっている、けれど
「ゾロ」
苦しいよ。ルフィが甘い声を発した。それはもう決して俺が聞いたこともないような、甘く温かく全ての人を魅了するような
しかしゾロの腕の力が弱まることはなかった。俺は小さく舌打ちをして吸っていた煙草を握り締めた。小さな火で皮膚が少し焼けた。こんな彼など見たくない。他の男、ましてやあんな奴に優しく甘える彼など決して見たくはない。俺はまるで逃げるように早足で食堂を出た。あの男の、優越感に浸った笑い声を聞いたような気がした。
花薄 我こそ下に 思ひしか 穂にいでて人に 結ばれにけり
(自分こそ心の中で思っていたのに、公然の仲として、あなたは他の人と結ばれてしまった)