今日は朝から忙しなかった。家族やら知人やら式場の関係者やら人が入れ替わり立ち替わり。着替えたりなんだり目まぐるしく時間は過ぎていく。
正直、タキシードなんて一生無縁だと思っていた。きっちり締めた襟元が苦しくて、タイを緩めようとしたら止められてしまった。折角お似合いなんですから。リップサービスとはわかっていても妙に落ち着かない自分がいる。
月子とは朝別れてから一度も顔を合わせていない。姉さんや柿野が妙に張り切っていてどうせ今頃二人に拘束されてるんだろう。お色直しは何回するかとかで、着せ替え人形のようにさせられていたのを思い出す。しかしそろそろ準備も終わる頃合いだろう。新婦控え室を叩けば、はーいといつもよりワントーン高い声で返ってきた。

「入るぞ、」

扉を開けて、絶句。

「ふふ、どう?私達の渾身の力を注いだ結果よ」

姉さんは自分の事のように自信満々に笑ってみせた。
大きな窓から差し込む陽光を、ティアラのダイヤモンドが反射してきらきら輝いていた。薄いヴェールが作る影、珍しく纏めた髪。白い肌に長手袋の白。華奢な純白のドレスを着た月子が笑ってみせる。

「似合ってます?」
「……ん、馬子にも衣装ってやつだな」

ひどい、と言いながら月子はまた笑った。あんまり嬉しそうに笑うもんだから冗談を言ったはずの口元が上がってしまう。

「サムシングフォー、全部入れたんですよ」
「何だ、それは」
「幸せのジンクスです」

個性的なスーツに身を包んだ柿野が笑ってみせた。

「サムシングオールドが夜久のお母さんが使ってたヴェール、サムシングニューがこのドレスや長手袋、サムシングボローが琥春さんのネックレス。で、サムシングブルーなんですけど」

意味深に言いながら柿野は前髪を指に巻きはじめた。横目でちらりと俺を見てにやりと笑う。

「見えない所に使うのが良いんですよね。まあ一般的な場所に使ってみたんで琥太郎センセ、是非後で探してみて下さい」
「ちょっと、柿野くん!」
「ふふ、邪魔者は退散しましょうか琥春さん」
「ええ、そうしましょうか。どうぞごゆっくりー」

そそくさと出ていく二人を真っ赤な顔で月子は見つめていた。扉が閉まった途端、大袈裟に息を吐いた。

「……もう、」
「で、何処にあるんだ、サムシングブルーとやらは」
「教えません!」

月子は膨れてみせて、それが学生の頃のこいつを思い出させた。
こうやって怒らせて、泣かせて、傷付けて、それでもこいつは俺の隣にいる。それがどれだけ幸せな事か、俺は随分と遠回りをしてようやく知る事が出来た。
もっと沢山、欲しがって下さい。いつの日か月子はそう言って笑った。私が持てる全てのものを貴方にあげる為に生まれてこれたなら、それが私の何よりの幸せなんです。

なあ、月子。俺は。



今日という日の嬉しさを一体何に例えたらいいだろう

「そう膨れるな。ちゃんと顔を見せてくれ、月子」
「琥太郎さん、」

沢山のものを、惜しみなく俺に与えてくれた月子に俺は何を返してやれるだろう。一生をかけて返せるだろうか。そんなのわからなくても、伝えるべき事はたった一つだ。本当はずっと知っていたんだ。言えなかったんだ、俺はずっと前から知っていたんだ。


「なあ、月子。俺は幸せだよ。きっと、世界で一番の幸せ者だ」


蕾の花が、まるで露に出会ったようだよ



今まで散々ぐるぐるしてきた二人は、これからもきっとまたぶつかったりぐるぐる回ったりして、それでも末永く幸せに暮らすのです。


END.
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