久方振りに会った月子はすっかり女になってしまっていて、まだまだ頼りない少女であった頃の彼女を知っている身としては少し寂しくもある。

「結婚する事になったの」

電話が掛かって来たのは一ヶ月前だった。高校時代から付き合っている人がいるのは知っていたが、実はそのお相手を私は未だに見た事がない。何やら忙しい人らしく、週に何日かしか顔を合わせない時もあるそうだ。いつも誰かに擦り寄るように甘えていたあの子がそんな状況でも平然と、むしろとても幸せそうにしているのに私は驚きを隠せなかった。
そして今日はその結婚相手と初めてご対面する予定だった。指定されたカフェに先に着いた私はコーヒーを啜りながら月子の到着を待つ。暇つぶしにと携帯を開けば調度受信画面になっていた。着いたよ、と昔より控えめの絵文字で飾られた文章が目に入る。

「まこちゃん!」

まこ、というのは私のあだ名だ。真琴を短縮してまこ、単純な理由である。それで私を呼ぶのは月子だけで、舌っ足らずなその響きが昔は疎ましくもあり愛おしかった。
声のした方へ顔を上げる。月子が私に向かって大きく手を振っていた。ちょっと恥ずかしい子なのは昔っからだ。小さく早くと急かすと月子は私の向かいへと座った。

「恥ずかしいんだからやめなさい」
「ごめんね……あ、早速だけどこちら星月琥太郎さん。私の結婚相手です」

少し照れ臭そうにして月子が紹介すると隣に居た男の人は星月です、と頭を下げた。長い前髪がするりと揺れてまた元に戻る。男の人に言うのも失礼かと思うが、すごく綺麗な人だった。落ち着いた雰囲気をシックなスーツが更に助長していた。絶対年上だ。しかも一つや二つじゃない。老けてるとかじゃなくて、纏う空気が私達のそれと全く違う。

「初めまして、春名です」
「まこちゃんの敬語ってなんか慣れないなあ」
「うっさい……しかしまあ、綺麗な人捕まえたわね」
「見た目だけじゃないよ」
「あー、惚気はいらないからね。いやあ、月子が結婚かあ」

コーヒーを頼み終えた月子が何、とこっちを見る。

「高校の時の電話、今でも覚えてる」
「え、ちょっとやめてよ」

月子は少し慌てているが隣の星月さんは興味深そうにしていて、目線で私に続きを促す。

「好きな人が出来たの、でも私をきっと好きになってくれない人を好きになった、どうすればいい?って泣きながら」

そう、本当に突然だったのだ。
中学の月子は今から想像出来ないくらい甘ったれだった。東月と七海の様子を見ればその理由は何となく分かる。周りから愛され、特にこの二人には過保護にされ育ってきたんだろう。世間知らずで無知、だけども可愛らしい容姿の彼女はその助けもあって此処まで来た。出来ない事がある時の口癖はどうしよう、だった。その中には誰かに頼るような響きがいつもあった。
そんな性格は当然好まれる訳もなく、特に女子の多くからは敬遠されていた。何故私はそうじゃなかったのか。それは私が誰かに頼られないと自分の存在意義を見出だせないような人間だったからだ。
さばさばと人当たりの良い世話好きな性格を演じていた。嫌われるのが怖くて、良い人だねと言われたくてしょうがなかった。頼られないと駄目な私と頼らないと一人じゃ立てない月子。カチリとピースがハマったみたいに、私達は寄り添いながら生きていた。私は月子の甘ったれな部分が大嫌いで、それ以上彼女の単純な素直さが堪らなく愛おしかった。
だからそんな月子が殆ど男子校のような学校を受験すると聞いた時は猛反対した。無警戒な彼女がそんな猛獣の檻のような場所にぶち込まれたらどうなるか、想像するだけで眩暈がした。錫也と哉太もいるし、大丈夫だよ。その声にはまだまだ無知な幼さが残っていた。
結局月子はその学校を受験し見事合格した。高校に入ってからは月子の学校が遠いのと、全寮制であるというのもあってメールでのやり取りが殆どだった。それも頻繁にではなく、時々だ。だから本当に驚いたのだ。その電話の声は泣いていたけども以前とは違い芯の通ったはっきりした声だった。この一年と半分で一体何が彼女を変えたのだろう。そして次の一言で私は息を飲んだ。
好きな人が出来たの。たったそれだけの事。それだけの事が彼女を作り変えてしまった。それが目の前のこの人なんだ。私じゃズルズルと寄り添う事しか出来なかったのに、この人は月子に火を点けてみせた。

「月子、変わったね」
「そう?」
「うん、すごく綺麗になった」

綺麗に、同時に汚くもなった。でもそれを飲み下し一人で立つ強さが月子にはあった。いや、手に入れたんだろう。
あの甘ったれな月子が此処まで来るのにどれだけ泣いただろうか。苦しんだだろうか。悩んだだろうか。あんたの事だから、どんなに転んでも痛くても、それしか知らないみたいに顔を上げて立ち上がったんでしょ。甘ったれで、自分がなってないくせに他人の心配ばかりする子。泣いたと思えばすぐに笑って。ねえ、私はね、そんなあんたが大好きよ。

「……おめでとう」
「え、ちょっと、なんでまこちゃんが泣くの?」
「知らないよ、バカ……ねえでもね、ホントよ、ホントにおめでとう」

ああどうか少し間抜けで単純なこの子がどうか末永く幸せでありますように。



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