正座なんてしたのは一体いつ振りだ。着慣れたはずのスーツ、きっちりと締めたネクタイがいつもより苦しい気がした。姉から引き継いで理事長の職に就き、保健医だけだった頃より随分と沢山の人と関わって仕事をしてきた。それなりの年数を生きて経験を積んで、緊張というのにもある程度免疫が出来たと思っていたがどうやらそれは思い違いだったらしい。
琥太郎さんの背筋が珍しく伸びてる。横で笑う月子が落ち着いているのが少し悔しかった。
御両親の話は前から聞いていたが、月子に似て、いや月子が似たのか。柔らかい雰囲気の御両親だった。月子と同じ亜麻色の髪を纏めた月子の母は月子とよく似た笑顔を浮かべてお茶を出す。話し始める前に喉を湿らせておくか、と口にしたお茶は何処かで飲んだ事のある味だ。

「琥太郎君、であってるんだよね?」

それなりに年を召しているはずの月子の父はそれにも関わらず随分と綺麗な顔立ちをしていた。声音も口調も柔らかく、少し肩の力が抜ける。

「はい」
「お茶、まずいでしょ?」

笑いながら言うがこれから家族として付き合っていく方にはいまずいですだなんて正直に言える訳もなく思わず顔が強張るのが自分でも分かる。

「いや、いいんだよ。実際まずいしね。一子相伝か何か似なくていいとこまで似ちゃって、こいつも月子もお茶いれるのが下手でね。私は好きなんだけど。舌が麻痺したのかもしれないね」
「いや、そんな事は」
「最近は随分マシになったって聞いたけど月子は料理も下手でね」
「ああ、そうですね」

この人には世辞や上辺だけのものは必要ないし、そんなものは望んでいないだろう。今度は正直に頷けば目元の皺を増やし笑みを深くした。が、隣の月子には背中を思いきり抓られた。

「君の事は随分前から話を聞いたんだよ。私のお茶がまずくても平然と飲んで、まずいって言ってくれる人がいる、どんなに失敗した料理でも残さないで食べてくれる人がいるって。その時の月子の顔みたら、もう月子にはその人しかないんだろうなって思ったよ」

隣の月子を見れば少しだけ顔を赤くして照れ臭そうにそっぽを向いていた。

「そそっかしい娘だ、けど何より大切な一人娘なんだ。幸せになって欲しい、」

勿論君を含めて。
ぽん、と肩に乗せられた手は温かくそして何より確かな重みがあった。それは嫌な重さではない、これからの自分に必要なものなのだ。俺は深々と頭を下げる。

「……ありがとうございます」
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