慣れない事をするもんじゃないと後悔しながら俺は手に取った雑誌を元の場所へ返す。積み重なったモデルの笑顔はあまりに幸せそうだった。





「あれ、星月じゃない」

早く終わった仕事の帰り、本屋に寄って政経のコーナーを回り雑誌を数冊手に取る。そのまま真っすぐレジへ向かう途中にそいつはいた。何よりそこは女性向けのコーナーだったし、普段なら絶対に立ち止まりはしないのだが、印象に残るCMに表紙のモデルが着たウエディングドレスのデザインが何となくあいつに似合っていると思ったこと、そしてモデルの笑顔が幸せそうなのがいけなかった。ふと手にした時、久方ぶりにその声を聞いた。

「……朝田か」

朝田は高校時代の同級生で、竹を割ったような性格の女だった。今は確か雑誌の編集をしているのだと、友人の結婚式の時に聞いた。

「久しぶりだねー、園部の結婚式以来?それよりさ、星月も結婚するの?あたしを差し置いて?ムカつくわねー」
「は?何言ってるんだお前は……」
「だってそれ、あたしが編集してる雑誌」

戻した雑誌をちらりと見遣る。ドレス、白、細い身体、笑顔。同棲してかれこれ三年目になる月子を思い出す。結婚か、同棲しているのだから考えていない訳ではない。近いうちにきちんとした言葉を贈るつもりでいる。ただ、問題は式なのだ。
自分達の立場や俺の年齢を考えれば挙げない方がいいのでは、と思うのだがそれは俺の意見でしかない。あいつはどうなんだろうか。女の最大の幸せと言われるドレスをやはり着たいのだろうか。

「仕事仕事でバリバリ働いて楽しかったけど気付いたら34よ?結婚雑誌の編集してんのに……悲惨よねぇ。ねぇ星月誰か紹介してよ」
「残念ながら俺は山奥の学校の理事長だからな、諦めろ……それより朝田」
「なに?」
「お前は着たいのか、ウエディングドレス」

朝田はそのつり目をぱちぱちとさせてから赤い唇を持ち上げ、当然のように言った。

「着たいわ。今からだって着たいし、よぼよぼのおばあちゃんになってからでもいいから着たい」

朝田はその前下がりの髪を耳にかけながら言う。

「生憎あたしはまだ着た事がないけど、きっとその日は自分が世界一幸せな女だって自信を持って言えると思うの。たくさんの人に囲まれて、綺麗なドレスを着て、隣には大切な人。結婚式はそうあるべきだわ」

朝田は笑う。私はたくさんの人にその幸せを感じて欲しいからこうして働いているの。
俺はまた朝田の編集している雑誌を見る。世界一の、幸せ。してやれるだろうか。あいつを、こんな風に笑わせてやれるだろうか。
少しでも幸せに怯えればすぐにあいつが出てくる。いつの間にあいつの存在はこんなに大きくなったんだろう。大丈夫、と笑う月子を俺は何としてでも幸せにしてやりたい。
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