※パラレル













終わるものはさぞかし美しいのでしょう



切れ切れの息を整える為に大きく呼吸をすれば、埃っぽい空気が肺の奥へと入りむせる程咳込んだ。
喉を湿らせる為に唾液が分泌されそれがこぼれぬうちに口の端を拭う。崩れかける身体を支えるべく地面についた手は積もる灰に塗れ黒く汚れていた。決して長くはない爪にそれらが入り込み、ただでさえ汚れた身体が灰に染まっていく。
悔しさと惨めさと恐怖とでひくつく喉をどうにか抑えて顔を上げた。草木すらも育たぬ広いだけのこの丘は風が吹く度砂嵐のように灰が舞い上がる。地獄の淵に生えるのだというアネモネにもよく似た花は赤と橙を混ぜたような錆色で、所々にまるで亡霊のように立ち尽くすのだった。更に目線を遠くにやれば丘の一番高いその場所に鉄製の十字架が一つ。真っ黒に焦げたそれはこの国の罪人を焼き尽くす為に存在する。

焼野ヶ丘

と、この国の人間は呼ぶ。

火刑にされる罪人は野薔薇の冠を被り国の北端にある刑務所の脇から続く茨道を歩き此処に連れて来られる。名前の通り茨に覆われた道は看守の履く上等な革靴でなければ血塗れになるような坂道で、罪人はそこをただひたすら裸足で歩かされる。疲弊し傷だらけでようやくたどり着く場所がこの焼野ヶ丘なのだ。


本当なら明後日歩く予定の道を駆け抜けて来た。
私は明後日、この丘で焼かれる予定だ。だけどもその前に心残りが一つだけあって、此処に来た。私の持つ全てのものを売り払い、何とか用意した大金を高官に払い、監視の烏が付きではあったが二日という時間を手に入れた。
母の形見である黒い華奢な靴を抱え、引き裂かれた煤けた臙脂のドレスを翻し、血まみれの足を引きずりながら進む。焼野ヶ丘のその向こう、黒い夜の森。獣達がぎらぎらと目を輝かせる森の奥、古いお城に彼はいる。

珊瑚の死骸のような色をした茨の絡み付いた城門を前に私は呼びかける。静かに開いたそこから彼は出て来た。自ら人であることを放棄した美しい獣。その耳は尖り顳の辺りからは艶々と光る漆黒の角が伸びる。高貴なアメジストに憂鬱と悲しみを沈めた彼は容姿によく似合う美しい声で言う。

「もう来るなと言ったはずだろう」

それでも譲れない願いが一つだけある私は、母のくれた靴を抱きしめ絞り出すように声をあげた。

「お願いが、あります」
「……全くお前は、人の話を聞いてるのか?」
「私は明後日、死にます。太陽が沈む頃、焼野ヶ丘で焼かれます」

彼はその深く沈んだ色の瞳を大きく開き唇を噛んだ。やさしいこの人にこんな事を言うのはずるいってわかっている。それでも私は諦められなくて、全てを売って此処に来たのだ。何もかもを失ってでも叶えたい願いがある。

「好きです」
「……」
「あなたが何よりも好きです」
「……」
「だから、お願いです。これが最後です。どうか、私とワルツを踊っていただけませんか」

虚勢を見抜いて、見抜かないで。私は今あらゆる物に怯え震えている
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