*捏造、ジャンル、CPごちゃまぜ注意 log


(stsk 有季ともじゃ)





六月末、未だ梅雨は終わらず相変わらず陰気な空から憂いの雨をしとどに降らせている。いい加減煩わしいけれどもそんな天気に慣れ始めていて、身支度に一層時間のかかるこの季節は近道を使って学校に行く事にしている。人通りも滅多にない細い裏道には誰が植えたのかずらりと紫陽花が並んでいて中々に美しい。定番の物から花の細かい珍しい物まで咲き乱れている。紫陽花が青いからここの土はアルカリ性寄りなんだろうか、なんて考えていれば雨露に濡れた紫陽花の中にとんでもないものを見付けてしまって私は思わず硬直した。

「……女の、子?」

白く薄いワンピースを着た女の子は紫陽花の中に立ち尽くしていて、やはり紫陽花同様雨露に濡れていた。本来ならふんわりしているだろう癖のある青い髪はしんなりしていて、長い襟足だけが肩にぴっとり張り付いていた。だというのに彼女は瞼を下ろしたままぴくりともせず、長い睫毛に落ちた一粒が頬を伝い流れ落ちる。物好きか変わり者か、はたまた何か事情があるのか。それでも彼女から目が離せなくなった私はビニールの傘を彼女に差し出した。

「あの、大丈夫ですか?」

声を掛ければ彼女はまるで花が開くようにゆっくり瞼を上げた。双眸の紺青は海の色に良く似ていて、ああやっぱり目が離せないと思う。

「大丈夫だよ」

にっこりと彼女は微笑んだ。元々愛らしい容姿だけれども彼女の笑顔には引力のようなものがあって、何だか心が引き寄せられてしまう。ほう、と見惚れていると彼女は白いワンピースの裾をそっと持ち上げた。

「私、紫陽花なの。だから雨は好きよ」

確かに彼女の足に当たる部分は紫陽花の幾つにも分かれた茎で構成されていて私は思わず息を飲んだ。

「ほんとだ……」
「ね?だから大丈夫」
「でも、濡れっぱなしは可哀相だよ。女の子なんだし、傘使って」

そう言って傘の柄の部分を彼女の手にしっかりと握らせると彼女は嬉しそうに頬を染めて笑った。ああ、ずるいなあその顔。そんな風に笑われたら何でもしてあげたくなっちゃう。

「ありがとう、嬉しい。でも貴方はどうするの?」
「私は走って行くから大丈夫。じゃあね、」

彼女は手を振っていってらっしゃいと言ってくれた。私はそのまま駆け足で学校に向かう。途中振り返れば、紫陽花の彼女は私の姿が見えなくなるまで手を振っていてくれた。




そして次の日。相変わらず雨は続いている。今日は土曜日だけれども星月先生に任されていた仕事があって私は学校に向かっていた。特に登校の時間は指定されていなかったけれども私はいつもと同じ時間に寮を出て近道を利用する。そうしたのは昨日の彼女にまた会えるんじゃないかという期待があったからだ。
裏道に入り少し歩く。やはり彼女は今日も立っていたが、昨日差し出したはずの傘はなかった。またびしょ濡れになっている彼女に傘を差し出せば、彼女は少し困ったように笑った。

「ごめんね、傘持って行かれちゃった。貴方がせっかく貸してくれたのに」
「いいよ。気にしないで」
「でも貴方がまた濡れちゃう……そうだ!」

えい、と彼女は私を引き寄せると傘の中へと招き入れた。近くで見る彼女は華奢でとても小さかった。

「えへへ、相合い傘だね」

そう笑う彼女は本当に可愛くて、同じ女の子でも守ってあげたくなってしまう。そんな雰囲気の持ち主だった。

「ねえ、貴方まだ時間ある?少しお話しない?」

私はどうやら彼女に弱いらしい。特に急ぐ理由もないし、彼女のお願いは可愛くて断れなかった。紫陽花に囲まれたまま、私は彼女に聞かれた事や日常の事を一つ一つ話していく。
学校の事、幼なじみの事。年上の、ちょっと捻くれているけど優しい彼氏がいる事。星月先生の事。全てに目を輝かせて話を聞いてくれる彼女を見ているとこっちまで嬉しくなる。私達は時間も忘れてお喋りに夢中になっていた。

「そう言えば、貴方はなんで此処に立ってるの?」
「人をね、待っているの」

彼女は遠くを見つめてそっと微笑んだ。

「ふふ、でもきっと直ぐに来るよ」
「わかるの?」
「わかるって言うか、わかっちゃうのかな……私を見付けてくれたのが月子ちゃんで良かった」

彼女は私をぎゅっと抱きしめて言う。その身体はとても冷たかったけれど、くっついていると確かな熱が生じる。

「月子ちゃんなら大丈夫ね」
「急にどうしたの?」
「ふふ、秘密。ねえ、もうすぐ梅雨は明けるよ」

彼女は私から身体を離すとほら、と遠くを指差した。つられて振り返れば

「ねえ、こんな所で一人で濡れて何やってるの?」
「郁?え、」

彼女を紹介しようとしたけれども彼女は私の傘と一緒に消えてしまって私の周りには紫陽花が広がるばかりだった。

「しょうがないなあ」

郁は傘の中に私を招き入れる。その仕草や見下ろす瞳はどこか彼女に似ていた。

「郁はどうしてこんな所に、」
「たまたま学校に用事があってね。今梅雨だし、僕も昔はこの道使ってたから何と無く。で、君は何してたの?」
「紫陽花の中に女の子がね、いたの」
「……頭大丈夫?」
「ひどい!すっごい可愛い子だったんだから。郁に似て癖のある青い髪でね、笑顔が可愛くて、何でもしてあげたくなっちゃうくらい」

最初は私を馬鹿にしていた郁だけど、女の子の話をするとぴたりと動きが止まった。

「ねえ、もっとその話教えてよ」
「あ、信じてくれるんだ」
「まあ、可愛い彼女の言う事だしね」

郁に促され二人で歩きながら私は紫陽花の中に居た彼女の事を細かく伝える。
雨は相変わらず止まない。水溜まりに広がる波紋、雨の落ちる音に紛れて彼女の笑い声がした気がした。
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