色彩


 音に殺される。ひとり暗い部屋で怯え涙したことが何度あるだろう。もう数えることもやめてしまった。声音、物音、呼音。音という音が、形を持ち色をもち、質量をもってして脳を侵すのだ。頭の中は侵し踏み荒らし、崩落したあとだけが残る。

 形をもち色をつけ質量で聴覚を統治したそれは、かつて×××にとって色鮮やかな世界を切り取る望遠鏡だった。またひとつの判断材料でもあった。
 好きな色の似合う形の心地よい重みのその声を音を歌を、何度聴いただろう。レコードは擦り切れるまで聴いた。青春を彩る淡い恋は、澄んだ深緑のビー玉色の声をした同級生だった。腹心の友は冬に咲く椿の花びら色でよく笑った。
 しかしそれらは、今、追い詰める獣でしかない。

「卿の静かさを、見習ってほしいものだ」
 久秀はひとくちコーヒーを含んだ。あれらはどうにも声が大きくてねと苦笑する久秀の声は、古い金箔に縁取られた黒漆だ。歴史博物館でみるような、それこそ室町時代の武将の娘だか妻だかが使っていたような。彼の金箔の縁は鮮やかというよりぎらついた眼光に似ている。
「あれらって」
「卿の友人の話だ」
「政宗とか幸村とか」
「私のような年寄りにとって、彼らは遊園地のアトラクションよりも厄介だ」

 ×××の友人である政宗は英語まじりに喋る今時の青年だ。彼は濃い青色が好きらしいが、×××の政宗は深い紫に鮮やかな金の刺繍のされた上等な布地だ。五色の星が散りばめられた。
 一方の幸村は熱血漢のあだ名に相応しく赤い色が好きだが、×××からしたら小麦畑の金茶色と夕陽色をしている。
 二人は声が大きく、また仲間内でも目立つ存在で、ことさらその色を×××の聴覚に残していた。

「…そう、ですね」
 瞼をおろすと暗闇に爆ぜる火花が広がる。色に連なって視える音、音を追うように色付く世界。色をもち形をもち、実感質量をもってして暗闇から腕を伸ばしている。
「さて、この話題はやめしよう。 どうやら気分が優れないようだから」
 しかし×××は、饒舌な黒漆を嫌いではない。


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