譫言のように繰り返す


不良たちにスプレーで落書きされた教会の重厚な扉を開けると、目前に広がる薄汚い礼拝堂。正面には錆び付いた十字架に顔の欠けた聖母子像。横に控える半壊の天使たち。今にも壊れそうな長椅子の列。どれもこれもが埃まみれ蜘蛛の巣まみれ。埃と汚いステンドグラスの大窓から漏れるたくさんの光のせいで、視界は灰白。
彼は疲れた顔をした。今から最後の犯罪者を検挙しに行かなければならない。割に合わない面倒臭い仕事はこれで終わり。
この地区は治安が悪く、窃盗や誘拐、密売に売春が日常的に行われていた。犯罪者が跋扈する街。逮捕しても逮捕しても湧いてでてくる。日毎悪化する犯罪者による挑発行為は鎮静化の兆しを見せない。
海軍が治安向上に何度も尽力したが、横行する悪行に尽力した分だけ失敗。地元の人間でさえ忌避するこの地区。
彼──スモーカー大佐は半年前にこの地区の担当になり、犯罪者たちを検挙し続けた。駆除駆除駆除。一瞬の隙も見せずに彼とその部下たちが犯罪者を検挙し続けたおかげで、犯罪行為は鎮静化の兆しを見せた。

かつん、こつ。軍靴がコンクリートの床を叩く。不明瞭な彼の視界の先に、膝をつき頭を垂れ十字架に懺悔する子供がいる。
栗色の髪はぼさぼさで、着ている服は襤褸だ。跪くその足には不釣り合いな程ぶかぶかな靴。
薄汚いこの子供が、検挙すべき犯罪者の、最後の一人だ。十五にも満たない子供のくせに、犯した罪はこの街の大人と大差ない。

「かみさま。わたしは、人を殺めました。でも、生きるためには仕方なかったんです」

子供の唇が、懺悔の言葉を紡ぐ。
かつん。スモーカーは子供に近付く歩みを止め、その懺悔に耳を立てる。

「ものを盗みました。でも、生きるためだったから仕方ないんです」

人を殺め、ものを盗み、欺いて。
懺悔をする子供は、その歳で多くの罪を犯していた。身体だって売った。食べる物がないときはごみ箱を漁った。この教会の金属を盗んで売ったこともあった。
しかし生きていく為には仕方のないこと。この街で生きていく為には仕方のないことだったのだ。そうしなければ死んでしまう。

「両手を頭に置いて、立て」

子供は懺悔の途中だが、彼は仕事中だ。本心を言えば心苦しい。しかし犯罪者は子供だからといって許すことはできない。くわえる葉巻が今日はやたら苦く感じる。
スモーカーの低い声にびくりと身を震わせたが、子供は素直に従った。立ち上がり半ズボンから覗く足はまるで枯れ枝。

「海軍だ。殺人、窃盗、密売の容疑で逮捕する」

細い手首へ手錠をかけるスモーカーに、子供はクレヨンで塗り潰したような瞳を向けて言った。

わたしは、ほんとうに
──悪人、ですか?

ゆらり、紫煙が揺れた。


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