白虎野


なんと酷く倖せであろうか。主君が天下を取り戦も争いも諍いもない泰平の世。戦乱の時世は既に過去のものだ。
竜の右目と呼ばれた男は葦原を駆ける彼女に目を細めた。
渺々たる黄金の葦原。いつの間にか傍に駆け寄っていた彼女は、花冠を頭に頬を薄桃に染め両手いっぱいに花を抱いて笑った。

「ねえ小十郎、しあわせね」

囂しいともとれる陽光のなかに、かつての戦乱の面影はない。それらは過去の――己の子や孫からすれば絵物語だ。あの日にくぐった死線も苦渋の選択も、まるで夢のよう。
その一方で今し方のことのように戦乱特有の荒く緊迫した空気を肌が、身体が、感覚が、心が、覚えている。

嫋々と凪いでいた風が、吹き上げた。その風に誘われるように彼女は男の手を引き、くるくると駆け舞う。その姿は未だ戦が机上のもので、振るう刃が潰されていた幼い頃のものと同一であった。まるでガキの頃に戻ったみてえだと笑う男に、彼女はふふっと笑みを零す。
あっちよ、と指をさす彼女に手を引かれ辿りついた高台から見下ろす黄金の葦原。

「綺麗でしょう」
「ああ」

葦原の向こうに見える街は平穏だった。遠すぎてよく見えないが平和な街だと、街に住む者たちは幸せだと、彼は感じた。
主君が気にかけていたあの少女も、あそこで笑っているのだろう。

「ねえ小十郎」

柔らかな声が、彼の名を呼ぶ。

「―――しあわせね」

「ああ」
「小十郎」
「なんだ」
「数年前までは死合わせだったのに、今は」
「ああ、今は」


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