大空へと反旗を掲げよ



いつだったか、ザンザスが凍らされてから一年、二年したあたりだったか。「ザンザスはいつ目覚めるのか」と虹色の瞳が特徴的な女友達に尋ねたことがあった。
ふと思い出したから、その話をしようと思う。


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彼女はジプシーだ。またマフィア養成学校の同級生でもあった。さして親しい友人というわけではなかったが、会えば挨拶を交わす程度の仲だった。彼女は卒業後殺し屋やマフィアではなく、託宣をするジプシー女として各地を転々としている。
偶然にも昼間のバザールで見かけたので、こうしてひっそりとしたカフェで向かい合っている。

「珍しい、貴方が私と話したいって。学生時代に私の得物について尋ねてきた時以来じゃない?」
「そうだっけかぁ?」
「私の記憶違いでなければ。──あなたが聞きたいのは、ボンゴレの一人息子のことでしょう?」

特徴的な虹色の瞳を細めて、彼女はわらった。久々にみる彼女は常に被っているフードを取っている為、桃茶色のウェーブがかった髪が胸元をくすぐっている。やっぱりコイツは変わってるよなぁ。

「あいつは、いつ、目覚める」

一拍おいて、俺は言葉を吐き出した。目の前の虹色が俺を視ている。視ていると云えど、見ているわけではない。どこか違うところ、俺には計り知れないところを視ている気が、する。

「スクアーロ君、世界は二つのもので成っていることは知ってる?」

突然、彼女は不思議なことを言い出した。
何のこっちゃ、だ。訳が分からない。まあ彼女が訳が分からないのは今に始まったことではないのだが、それでもやっぱり訳が分からない。

「はあ?」
「大空と地底。光と闇。聖書や神話にもあるでしょ「初めに両端ありき」って。あ、他のものはその間をふらふらとしてるんだけどね」

彼女の話は読めない。
とりあえず、大空の地底があるなら。

「…海と地上は?」
「地上は地平を境目として、大空のもの。海は間にあるような顔をしてるけど、底のない海はないでしょ?地より上にあるから、海も大空の領分」
「ゔお゙ぉい……話が読めねえ」
「つまりさ、スクアーロ君。大空の領分から出てしまえば、彼は、大空の支配から逃れることができる。――でも、私はそれを「目覚める」とは呼ばない」

彼女の瞳が、つい、と細められた。

「でも支配の外は外だから、一応「目覚める」とは云えると思うけど。……ところで、貴方は死ぬほどこの状況を終わらせたいと願ってるの?」
「勿論だぁ」
「何が起きても、何をしてでも?」
「ああ」
「そう。……また話は変わるけれど、一般的に神様から見放されるほど悪いことって何かな」
「盗みや、殺し、かぁ?」
「うん。大空の下、太陽の前で、行われるのをよしとしない行為のことだけど。つまり本能と欲望の赴くまま、ほかの存在に咎められることを「為さずにはいられない」こと。そういうものが、大空の眩しさから零れるの。ならば至極簡単」

今まで手持ち無沙汰のようにティースプーンを弄っていた白い指が、止まる。伏し目がちだった虹色が、俺を見据えた。

「簡単に言う。スクアーロ君、狂ってしまいなさい。人の言葉も分からない位にね。――果てのない地上で、崖を、目指しなさい」
「どういう、意味だぁ」
「それは自分で考えて。私は貴方を視て、降りてきた言葉を託してるだけだから。とにかく、貴方が放っておいてもいずれは彼は目覚める。でもそれは、かなりの長い年月がかかるでしょうね。今すぐにでも彼を求めるのだったら、果てのない地上で崖を目指しなさい」

時間はたっぷりあるのだから。
彼女は同級生のよしみだからとコーヒー代を俺持ちにさせただけで、相談料はとらなかった。またいつか逢いましょう。携帯番号を書いたメモを渡し、彼女は再びフードを被り直してカフェをでていった。
瞳と同じ虹色の色鉛筆で書かれたメモには「貴方の髪が長くなる頃に」と。


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俺の髪はいつの間にか腰に届くくらいまで伸びた。八年も過ぎれば、そうなるに決まってる。
あの日以来久しく逢っていなかった彼女が、ヴァリアーのアジトを訪れた。なんでもザンザスが彼女を呼んだらしい。アジトで鉢合わせた彼女は相変わらず。フードから零れる桃茶色の髪。長い睫毛の奥の、虹色。

「久しぶりだなぁ!お前の言う通りだったぜぇ。流石、託宣のジプシー」
「崖を目指さなかったのね。友人として言うけど、とてもいい、選択だったと思う」
「お前が言ったんだろぉ、『髪が長くなる頃に』ってなぁ」
「そうだっけ」


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