神産み
大きく優しい手のひらが私の視界を遮り、みえるのはただ暗闇ばかり。そのなかで、耳触りのよい声が尋ねる。
「君は今、何処にいるのかな」
はて、私は何処にいるのだろう。考えても分からない。眼をぐるりと回しても分からない。みえるのは深く暗い闇ばかりだ。足下さえも分からないくらいに深い闇。
途端におそろしくなって涙が滲んだ。分からない。怖い。闇のなかでなにかの影が蠢いている。怖い、わからない。助けて。
「わかんない…こわい、やだよう、怖い」
重く鈍い影が足元までやってきて、泥濘に搦め捕るようだ。影がおそろしくて呼吸が乱れる。泥濘は海のようにおおきく、底なしに深い。息をしたくとも体を下へ、下へと沈み込ませる。
影は手のかたちをしている。たくさんの腕、すがり沈み、搦めとらえる。私の足首をつかんで泥濘に引き込む錘。闇の海は息ができない。くるしい、こわい。息が吸えない。わからない。こわい。吐くことも吸うことも忘れるようだ。
「大丈夫、ゆっくり息を吐くんだ」
「そう、ゆっくり…ゆっくりでいい」
「今度は質問を変えよう。 今、星は何処にあるかな」
星。星は何処にある?暗闇のなかで眼を動かした。
星は何処にある。星のきらめき。白銀のまたたき。あかいめだま。あおい瞳。一条。巡りの目当て。命を運ぶ。つきのあと。
眼をひたすらに動かした。上にはない、ではどこに?星の光を探す。空は必ずしも上ではない。眼を動かした。星は、何処にある。
下にーーいや、なか。なかにある!
「なか、なかにある」
「どこの中か分かるかい」
「わたしのなか……わたしのおなかのなかの、銀色の泉のなか」
「泉のなかを覗いてごらん、星に触れるはずだ」
泉のなかで、星はちりちりんと小さな音をたてて瞬いている。泉に右手を浸した。届かない。指先に触れそうで触れないのだ。今度は肘まで浸けた。届かない。星が遠ざかっているわけではないのは分かっている。だけれども、届かないのだ。私は肩まで泉に浸したけれども届かない。腕をのばしても届かない。触れそうで触れられない距離。もどかしい。あとすこし。
「あとすこしなのに、とどかないの…」
「じゃあ私が左手を握っているから、もう少し身を乗り出してごらん。 大丈夫、溺れないようにぎゅっと握っているからね」
大きな手と指先を絡めて握る。大丈夫。彼が左手を握っていてくれる。ああ、あもう少し。あと一寸もない。あと、すこし。
ちりん。
わたしの指先にあらたかな温度が触れた。右手でふれる。子猫がすり寄るように星のぬくもりが指先に灯る。
星は手のひらでしゃらしゃらと揺れた。途端にいとおしさが満ち満ちて溢れて零れてしまいそうだ。先程までの闇へのおそれもまとめて星に唇を寄せて、それからごくりと飲み込んだ。
「よくできました」
視界を覆う大きな手がはなれて、その手はわたしの胎をやさしくなでた。
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