しろい鎖に見ゆ
母だけでなく、妹までも。と、承太郎は苦いものを飲み下した。己の片割れである妹の×××にもスタンドが現われてもおかしくはない。それが彼女に害を及ぼすものであれ力となり得るのであれ、どちらの可能性にしろ十分だった。
かつて×××はスタンド能力をもつことがDIOに知られたゆえに誘拐されていた。×××のスタンドは「命を運ぶ」。命を運ぶ、つまりその能力は運命を司る。未来も過去も現在も×××にはすべての命が視えている。命とは一であり、全である。魂であり肉体でもある。白い糸を纏う聖母像に似たかたちのスタンドは機微に聡い×××の気質をよくあらわしていた。
×××のスタンドが変質している。母ホリィのように体を蝕むことはなかったが、スタンドのかたちが――×××の精神が歪にゆがみだした。
聖母像のかたちがどろりと溶け、纏う白い糸は幾重にも絡まり蔦のように×××の体をへと絡みついている。いつしかその白い糸鎖は屈強な男の腕を形どり、×××を抱いた。
腐る糸枷に、×××はもういない神の名を持つ男の名を呼んだ。
あの日から、×××は承太郎の傍らから離れようとはしない。母や友人の前では以前と変わらずに過ごしているが、二人きりになると途端に離れなくなってしまった。承太郎と離れるのが怖いのだと。いなくなってしまいそうで、と。
「――じょう、たろ…じょうたろう」
縋る×××の声に夢の淵から這い上がると、枕元の目覚まし時計は午前四時前を示している。影をおとす長い睫毛を揺らして、同じ色の瞳が覗き込んでいた。声が涙に濡れている。起きてると、ぐずる×××は承太郎の胸板にすり寄った。
その×××の背後から、屈強な男の白い腕鎖が抱いている。見覚えのある、あの忌々しい男のものによく似た腕。
×××はそれを認知しているのだろうか。認知しているにせよしていないにせよ、承太郎は×××の目に入れたくはなかった。何故こうも差ができたのかは分からないが、同じ日に同じ胎から生まれた×××を囲う。ちょうど、白い腕鎖とは反対に力が加わるように。
「…まだ四時前だ。目瞑ってろ」
「だって」
「いいから、瞑ってろ」
「だって、彼が起きてるの… 彼、彼が、起きて――」
わななき白む唇を、同じもので塞いだ。×××の瞳が吃驚と困惑、もうひとつ別の感情に瞠目する。既に湛えていた涙の膜が決壊して、ぼろりと零れた。それから、拙い濡れた音。
「――じょうたろう」
合間に双子の兄の名を呼ぶ×××の声色は、エジプトで再会したあの日の、神の名をもつ男の名を呼んだ色と酷似している。
ひどくもどかしくて、こそばゆくて怖しくて切なくて畏ろしくていとおしくて苦しい。
唇が離れて低くささめく兄の声に、×××の腹に回る白い腕鎖がほどけて解けた。
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