思惟は交わらぬ


「お前は天国とは如何様なものだと考える」

 DIOは問うた。その声はどこか憂いを含み、信奉する女たちやヴァニラが聴けば、恍惚とした息を零すだろう。しかし×××はどうにもこのDIOが怖くてたまらない。月明かりにきらきらつやめく金髪も、飲み込まれそうな赤い瞳も、甘く囁く低い声も、全てを支配するような思想もすべてすべてが怖かった。

「……わからない」
「思ったことを言えばいい」

 いつも×××が答えるのは「分からない」だ。いくつか思い浮かんでも、ふるふると首を振り×××は考えるのをやめる。思考を上回る恐怖がちっぽけな自分を絡め取って沈めにきている。怖い。怖いのは嫌いだった。なるべく「はい」「いいえ」で答えられる質問がいい。怖くないし、余計なことを考えずに済む。それなのにDIOはきまって言葉を必要とする質問を投げかけるのだ。それがどうしようもなく怖くてたまらなかった。
 DIOは背を向け丸くなるそんな×××を咎めるわけでなく、寧ろ後ろから包み、噛み癖で短くなりすぎた×××の指の爪を優しく撫でる。

「何でもよいのだ、漠然としたイメージでも」
「…かみさまが、いるところ」
「他には?」
「おわって、はじまるところ」

 DIOのこういうところが怖いのだ。無理矢理搾り出した答えを、もっともっとと求めてくる。そのせいで×××は沢山考えなければならない。もしも沢山思い浮かんだとしてもあまり話したくない。思考の闇に沈められてしまう。それが怖いから考えたくないのに、DIOは求めてくる。求めてくるから考えなけらばならない。悪循環だった。
 DIOはそれを知りつつ問う。×××はDIOのお気に入りだった。スタンドをもつという点もだが、×××は聡い子だが、もろくてよわくて、儚い。そこがDIOのお気に入りだった。餌の女たちや女性のスタンド使いとは別に最奥の寝室へ召し上げて正解だと密かに思っている。×××は幸運を運ぶ。今のところDIOの計画は円滑に運ばれているし、×××の一言からもいい助言を得られたこともある。少年が仔猫を愛でるように、DIOも×××を愛でた。

「終わって始まる、か」
「日本のふるい伝説」
「ほう?」
「…かみさまが、今の政治家みたいにいた頃に、人間の言葉が、行いが志が、乱れてきたの。 そこでおまじないの言葉、アワの歌、それを唱えると、世界が生まれ変わったって。 そういうのが…その、天国、かなって…」

 DIOはその答えをとても気に入ったようで、なるほどと呟いてから×××の左の首筋にあるやわらかな星にあたたかい唇をいくつも贈った。それがひどくもどかしくてこそばゆくて怖くて切なくて畏ろしくていとおしくて苦しい。
 そうして×××しか聞いたことがないであろう優しい声音で、甘く囁いた。

「天国への道は十四の段階を踏まえなければならない。 十四とは七つの大罪と七つの美徳とを合わせた数字、イエスキリストの苦難の道の段階と同じ数だ」
「つまり、十四が人間を表す…と?」
「そうだ。 天国に行く前に、私は一度人間に戻る――つまりスタンド能力、ザ・ワールドを捨てる。 そして十四の段階を経て、天国に行く。 勿論お前も連れて行こう、イヴ」
「……」
「天国へ辿り着いたとき、お前がそのアワの歌をうたう―― なかなかに素晴らしいではないか」

 ×××はどうにもこのDIOが怖くてたまらない。月明かりがあばく金髪も、×××を飲み込む赤い瞳も、甘く絡め取る低い声も、全てを支配する思想もすべてすべてが怖かった。

「てんごくなんて、どこにもないのに」

 ×××は静かに頬を濡らした。


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