歪む指先


 精神的なものなのか習癖か無意識のうちに口元に指を運んでいる。爪を噛む癖はどうしてもこうしても治る気配はみられない。
 久秀が×××のその癖に気付いたのは囲ってから日も浅い頃で、月が巡り陽が巡り四季が移ろいでゆくほどその癖がいとおしく感じた。×××の爪が歪であることが小さな指先から赤が滲み出ることが、久秀にとって細やかな悦びであり、×××が瓦解した過程を肯定する脆く美しい細工。
 その一方で×××も久秀の愉悦を認知していた。×××のうちにふつふつと衝動が沸き、其処へと至らしめた男を縋ることにぐずぐずと思考が濁る。それが尚更久秀の愉悦を誘い、それを認知した×××のより深潭へ濁る思考がまた久秀の愉悦を誘う。ゆがんだ輪は醜悪にふたりを繋ぎあわせていた。

「×××、起きているかね」
「…久秀さま」

 召し上げた奥の間に足を運べば、×××は打掛に包まり久秀の羽織を抱きしめていた。前髪を払い頬を撫で白い手を取る。柔らかくほっそりとした手の先、指の先、爪の先からは赤く血が滲んでいた。乱雑に噛まれたあと。いびつな爪。ちりちりと痛むのかほんの僅かに痛みを耐える表情。それらがもたらす仄昏い愉楽が久秀のなかを奔る。

「…また噛んでしまったか」
「でも×××は、泣いておりませぬ」
「重畳、重畳。 ×××、卿は実にいい子だ」

 途端×××の円い瞳からぼろぼろと雫が落ちた。×××の雫は、さながら水面へ波紋を描くように、久秀の愉悦として波紋を描いて滲み広がり染み渡る。染み渡る愉悦を視たのか。それとも感じ取ったのか。×××は少しの間をおいて嗚咽まじりに久秀の名を呼んだ。
 久秀さま、久秀さま。と。幼い子供が縋るような声音。その音色は愉悦の波紋をより波立たせる要素のひとつだ。

「いずれ卿の目は溶けてしまうか乾涸びるか、ほんにどちらかだろう。 盲いの卿はさぞかし愛らしいだろうな」

 盲いの言葉とともに久秀のかたい手のひらが×××の瞼を覆う。久秀自身の手につくられた暗闇。抗うこともなく、×××は安堵の笑みを浮かべて闇に沈む。
 ――指先から生まれるじくじくと膿んだ痛みも連れて。


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