フラテッロ


 彼女の恋人様は大変やきもち妬きな方でございました。
 しかし、彼女の双子の兄もまた大変やきもち妬きな方で、兄と恋人、どちらと一緒におりましてもどちらかがやきもちを妬くのでございました。

「Itooce」
「ん゙、Imooce」

 鋭利な銀瞳が印象的な兄と対称に彼女は円く大きな銀瞳をしておりました。二人は二卵性双生児でしたので外見の色合いはよく似ておりましたが、双子とはいえど少しずつ違うところが、少しずつありました。兄は長身、妹は平均より少し低い。妹は穏やかな柔声で、兄は常々喧しい大声を響かせておりました。
 少しずつ違うところが少しずつありましたが、二人は一卵性双生児と同様に幼い時分に双子語という二人だけの言葉がありました。育ちの環境の因るのでしょうか、珍しいことに二人は成人した今でも双子語を使って会話をすることができました。
 ――それが、彼女の恋人様を妬かせる理由の一つでございました。

「Itatsops!Omrehcs ol idnocsan im!」
「Onilced」

 二人は二人にしか分からない言葉で、仲良くじゃれておりました。兄の同僚たちは「今日もあの双子は自分たちの世界でじゃれてるなあ」「あいつのブラコンシスコンは何時になったら治るのだろうなあ」と生暖かい視線を送っておりました。それはそれでいつものことでございます。
 二人は重要な事項を一つだけ失念しておりました。妹の隣にやきもち妬きな妹の恋人様がいることを、すっかり忘れていたのでございます。

「るせえっ!カス鮫、テメーは部屋に戻れ!」

 獰猛な肉食獣が吠えるように、恋人様はテーブルに置かれていたワイングラスを兄へと思いっ切り投げつけたのでございます。
 がっしゃあぁん。兄も兄で彼の頭蓋骨はどんな構造をしているのでしょう、バカラのグラスは彼の頭で見事に粉砕されたのでございます。

「ゔお゙ぉい!いきなりグラス投げんじゃねえクソボス!×××に当たったらどうすんだぁ!」
「あ゙あ?この俺が×××に当てると思ってんのか?テメーは黙って水槽に入ってやがれクソ鮫」

 恋人様は非常に不服でございました。たとえ十二ヶ国語を堪能に操る恋人様であっても、二人だけの秘密の言語にはついていけないからでございます。
 最愛の人が双子の兄であろうと他の男と仲良く会話して、その上仲良くじゃれあっているのですから、ひどく短気で子供じみた恋人様は苛々するのでありました。

「ザンザスさま、兄さんにそんなことを言われたら、同じファミリーネームの私も水槽に入らねばなりません!そんなのいや!撤回してください!」
「お前は俺が水揚げしてやるから大丈夫だ」
「水揚げてお前なあ!つーか×××、つっこむとこそこかぁ?!大体、俺はザンザスに嫁ぐなんて反対だからなぁ!取って食われる未来しか残ってねぇ!」
「テメーはつくづく馬鹿か?こいつが俺に食われてねえ訳がねえだろうが。今更遅え」
「親父が許しても俺が許さねぇっつって――いってえ!!」

 彼女の恋人様は大変やきもち妬きな方でございました。
 しかし、彼女の双子の兄もまた大変やきもち妬きな方で、兄と恋人、どちらと一緒におりましてもどちらかがやきもちを妬くのでございました。


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