あこがれ


 鳥になりたい。自由に憧れる子供たちはこぞってそう言った。幼心に、空を翔ける鳥が何よりも自由にでも見えたのだろうか。
 実際は風の気まぐれで為す術もなく地に墜ちることだってあるし、狩人に撃ち落とされることだってある。人間にとって空を飛ぶという行為は自由に見えるかもしれない。
 鳥にとっては至って普通、至極当然の移動方法だ。自分の思うように飛んでいるようにみえるが、結局は本能に従って飛んでいる。鳥の飛ぶ行為には人間の思う自由さは持ち合わせていない。それに鳥たちは空を飛ぶ移動手段を選んだが為に哺乳類に比べ脳が発達していないし、体重を軽くする為に糞は垂れ流し。それのどこがいいんだか。
 鳥が自由だなんて我々人間の主観にすぎないし、その主観の上に成り立つ願望なぞ、くだらないエゴにすぎない。

「――と、思うんですが」

 眼前の若い娘は言う。私はふむ、と顎を撫でた。今日の議題は大変難しいテーマだ。
 彼女と私はこうして海のみえる小高い丘の芝生に座って話をするのが日課だった。私も彼女も互いのことを詳しく知らない。知っているのは、互いの名前と好きな食べ物くらいだろうか。この島の何処に住んでいるのか、出身はどこなのか、これまで何を見て何を聞いたのか。
 そんな話を一度たりともしたことはなかったが、私たちはこのつかの間の会話を気に入っていた。

「私、実はそれなりの家の生まれだったんですけど」
「ほォ、君はお嬢さんだったのか」
「はは、今はしがないバーのバイトです。厳しい家だったので、確かに子供の頃は鳥が自由だと思ってました。だから鳥に憧れてたし、自分のことを籠の鳥だとも思っていました」

 寂しげに語る彼女の話は事実であるようだ。彼女の仕種にはどこか上流階級を思わせる繊細さが所々にみられたし、この島の田舎めいた住民とは違う高嶺の花とでも云うべき存在感。――だから私は彼女に惹かれたのだけれど。

「ふむ、つまり君は、籠の鳥が籠から出ることが自由への一歩だと思っていたが、実際外の世界に出たところでただ自然の摂理に従い生きるのだから、結局自由ではないと」
「はい」

 芝生に座る私たちの頭上で海鳥が鳴きながら旋回している。後ろ手をつき、翼を広げる海鳥を見遣りながら、私は彼女への返答をゆっくり考える。
 お互い性急に事を済ませたい性ではないようだから、こうやってぼんやり考え、ぼんやり得た答えをかみ砕くことができた。

「お嬢さん、君が鳥になるのなら、私は鳥籠になろう」
「え」
「隣の芝生は青いものだ。真面目に考えてみれば君の言う通りだが……夢をみたっていいんじゃないかね」

 そう、夢をみたって。
 少年が海賊王を目指して海へ出るのも。
 少女が赤い糸を信じて恋におちるのも。

「君が白い鳥になるのなら、私は鳥籠だ」
「空や狩人ではなく?」

 きょとん、とした円い瞳が私を見上げていた。そうすると彼女はあどけない。だから私は悪戯っ子のように片目を眇めていうのだ。

「私はね、君とこうやって話をするのが楽しくて仕方がないんだ。君がどこかに行ってしまったら味気ない―――そういうことだよ、お嬢さん」

 聡い彼女は気付くだろう。
 そして苦笑しながら返すのだ。

「レイリーさん、遠回しに口説いてませんか」


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