残滓


 小さな島に残る言い伝え。硝子の小瓶に願い事を書いた紙と言霊を乗せて、海へと流せばいつかそれが叶うのだ、と。立ち寄った酒場の女将が×××に教えてくれた。
 ざざあ、ざざあ。白い砂浜に碧い波が押し寄せては引いてゆく。ざざあ、ざざあ。船長たちは昨夜散々宿の酒場で騒ぎ倒した挙げ句、今日は二日酔いで死んでいる。見習いクルーであるシャンクスやバギー、それから私は仕方なく潰れた大人組の代わりに必要物資の買い出しに奔走だ。
 ざざあ、ざざあ。しかしそれも面倒臭くなって二人に押し付けてきた。「女の子なんだから、たまにはメランコリックにもなるの。ちょっと一人にさせて」。意外とフェミニストな二人は「そういうことなら仕方がない」と承諾してくれたので、こうして×××は白い砂浜を歩いている。
 ×××はポケットから硝子の小瓶を取り出した。中には小さな紙が一枚。コルクを抜いて、瓶のなかへ言霊を吹き込――

「何をしてるんだ?」
「っぎゃあああ!」

――もうとしたら、不意に背後から声がして心臓が飛び出さんばかりに驚いた。がばっと振り向くとそこには我等が副船長のレイリーが、眉間に皺を寄せて立っているではないか。
 彼は「そんなにびっくりしなくてもいいじゃないか」とか「色気がないぞ」とかぶつぶつ呟いているが、そんなことよりも×××はどくどく全力疾走する心臓を押さえ付けるのに必死だ。

「ふ、副船長…!びっくりさせないでくださいっ」
「びっくりさせないで、と言われてもなあ。さっきから居たんだが」

 心外だとでも言うように両の手を空に向ける男。ああもう!この人はなんでこうも我が道をゆくタイプなんだろう!
 長年(といってもそう長くはないが)の経験から彼をスルーすべきだと判断した×××は、もう一度小瓶に言霊を吹き入れる。

「     」

 コルクを押し込め、願いを乗せた小瓶を海へと流す。ゆらゆら。ぷかぷか。不安定にたゆたう。
 小さな島に残る言い伝え。硝子の小瓶に願い事を書いた紙と言霊を乗せて、海へと流せばいつかそれが叶うのだ、と。×××とて願いも欲しいものも自らの力で得る海賊だったが、今回ばかりは。一人の少女として、願わずにはいられなかったのだ。

「願掛けか」
「はい」
「何を願ったんだ?」

彼の好奇心に満ちた瞳が見下ろしてくるので、意地悪く片目をすがめて言うのだ。

「副船長には内緒です」



 酒瓶を片手に海辺の散歩へ繰り出した。波は穏やかに寄せては引いて、引いては寄せてを繰り返している。愛しく懐かしい匂いを運んでくるそれに目を細めて、彼は頬を緩めた。潮風、海鳥の声。それら全てが彼の体を掠めては駆ける。
 ざざあ、ざざあ。白い砂浜に碧い波が寄せては引いてゆく。ざざあ、ざざあ。昨夜は珍しく散々賭博場で勝ち逃げしたので、バックレる彼を追い掛ける男達はいない。おかげでシャッキーからお使いを頼まれていた気がする。
 ざざあ、ざざあ。しかしそれも面倒臭くなってシャッキーに任務を放棄してきた。「私もたまにはメランコリックになるものだ。ちょっと一人にさせてもらうぞ」。意外ね、と笑いながらと承諾してくれたので、こうして彼は白い砂浜を歩いていた。
 ふと波間に視線をやると、硝子の小瓶がぷかぷか、ふわふわ、浮いていた。中には小さな紙が一枚。ひどく古びた小さな瓶だ。きっと潮に乗ってどこかから運ばれてきたゴミだろう。そう結論づけて視線を逸らすものの、どうしてか彼の心に小瓶がひっかかる。
 あの、中にある紙は手紙だろうか。それにしては小さい気がする。手紙というより、メモのようだ。
 小さな島に残る言い伝え。
 硝子の小瓶に願い事を書いた紙と言霊を乗せて、海へと流せばいつかそれが叶うのだ、と。

「何をしているんだ?」
「っぎゃああああ!」

 ふるい記憶。まだ彼が若く、海の上で仲間と過ごしていた日々の。
 とある小さな島。今は亡いあの娘がいて。

「願掛けか」
「はい」

 気付けば彼はたゆたう小瓶を拾い上げていた。拾い上げて、太陽の光に照らす。硝子から零れる眩しさに目を細めて、思わず笑みがこぼれた。
 きゅ、とコルクが小さく鳴いた。それが記憶の中のあの娘と重なる。ぼーっとしているあの娘を驚かせたときのような、鳴き声。
 きゅ、きゅ、すぽん。漸く抜けたコルク。

「     」

 耳元で、囁く声がした。
 瓶の中から小さな紙を取り出す。それは長い時間を経たのか劣化していた。かさりと音をたてながら、一つ折りにされたそれを広げた。
 そこにあったのは、柔らかな筆跡。

 ずっとずっと、
 一緒にいられますように
 ×××

 耳元で囁く声がした。
 潮の匂いが、彼を包む。そして彼を置いてけぼりにして遠くへ往ってしまった。思わず震える喉を抑えて、彼は微笑んだ。


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