追いかけた


 背面黒板に掲示された席替え表は、何度眺めても結果が変わることはない。一度目に眺めても×××の前は空条承太郎だし、確認の為に眺めても×××の前はやっぱり空条承太郎だった。
ジョジョの後ろなんて羨ましいなァ、なんて友達に言われてもちっとも嬉しくなかった。どうしよう、×××は放課後の教室で溜め息をついた。

 ×××のクラスではくじ引きをして、くじに書かれた数字と同じ数字の指定された席へ移動するというベタなルールの席替えシステムを採用していた。くじだから仕方がないとはいえ、×××がクラスで一番背が低く、承太郎がクラスで一番背が高いが故の切実な問題。担任の走り書きで無慈悲に告げられる。
 空条承太郎が大きすぎて、黒板が全く見えないのだ。
 他の大柄な男子生徒であれば「背が高くて黒板が見えないから、席を交換してくれないかな」と頼むことは比較的容易なことに思えるし、きっと相手も快諾してくれるだろうとも考えられる。前回もそうだったし、これまでもこれからもそうだろう。
 しかし今回は違う。なんていったって、相手はあの空条承太郎なのだ。×××の溜め息はひときわ大きくなる。何せ承太郎は背が高い。彼は上背もあるし体格もいい。×××と彼とでは大人と子どもくらい体格が違う。本当に同い年であるのかさえ疑わしい。確かに彼は精悍で整った顔立ちをしているとは思うのだが、いかんせん不良だし怖い。おとなしい×××にとって、承太郎に席の交換を依頼するのは仮病で学校を休むと母親に伝えるより心の痛む案件だった。

 自分のくじと、席替え表。いくら交互に眺めてもやっぱり結果は変わらない。でも黒板が見えないのは本当に本当に困るし、けれども承太郎に頼むことも本当に本当に怖い。
 やっぱり誰か他の子に頼もうか。承太郎のファンに相談したら戦争になりかねない。二つ前の加藤くんならどうだろう。頼みに行こうか、どうしよう。

「おい」

 思案しながら眺めていると、不意に低い声に呼び掛けられた。振り向けば件の空条承太郎、その人がいた。いつみても大きいし厳ついし、こわい。何時の間にか横に並ばれている。
 席替えを確認しにきたのだろう。彼は手元の小さなくじと張り紙を照合している。それから、面倒くせーなとぼやいた。

「あんた、席、換えてくれねーか」
「えっ」

 俺は一番後ろがいい、と×××の手元のくじを睨む。
 それは×××にとって思ってもいない申し出だった。なにを断る理由があるだろう。こくんこくんと首を縦に振る。
 それを見届けた彼は×××の握ってシワになってしまったくじと、自分のそれとを交換させた。男らしい粗野な動作だというのに、ことのほか優しい手つきに×××は反応が遅れる。おおきな手が、長い指がぴっとくじを挟んで、「『空条がどうしても後ろがいいと文句つけたから交換した』と先公に言っといてくれ」と言付けてそのまま鞄を持って教室から出て行ってしまった。彼は、彼は――。×××は惚けている場合ではない。

「く、空条くん!」

 廊下を歩き出す彼を、急いで呼び止めなければならないのだから。


→ back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -