never ending


 花京院が死んでから、×××のスタンドは夢想をみせるようになった。元々同調する能力に長けていたスタンドだったが、甘い甘い夢想を見せてくる。×××のうちに押し込めた哀しみを癒やそうとしているのかは分からない。ただ夢のなかで、深い意識の水底で、見たことのない記憶がちりちりと鈴を鳴らす。優しく細められる彼の瞳だとか、額に寄せられる薄いくちびるだとか。
 そうでなくとも、×××のなかには未だに巣食っているのだ。彼女がこれまで付き合った男性は背格好が、声が、眼差しが、どこかもういない彼を想起させた。もういない彼を光のように照らしては涙する×××は、男たちにはひどく脆くみえた。

 不意に風を感じて振り返る。×××の髪を肩を撫でてくるんで、それから優しくキスをして。溶けた。その風は砂と太陽とそれから少しの鉄錆のにおいがした。
 それを認知した瞬間、×××は動けなくなってしまった。脳裡に蘇る、輝かしくもかなしい、あの。見慣れた海沿いの夜道で、愛犬のボストンテリアが早く進もうよと×××を急かす。しかし、その急かされ引っ張られるリードにすら反応できない。
 なぜならその風に、もういない彼がいたからだ。

 野宿をするから二人ずつ交代で見張りをしようと言い出したのはジョセフだった。それに皆が同意したのだが、×××が女であることから最も負担の少ないであろう最初の二時間を、自分とともに受け持つことになった。
「寒くない?」
 ふたりで大きな毛布に包まって、隣にいる×××に尋ねた。ふたりでいるから、大丈夫だよと答える。乾いた砂の地でこうして夜空を眺めるだなんて、日本にいた頃は想像できるだろうか。ましてそれが×××とだなんて。
「ねえ知ってる?」
 幸せなくすくす笑いを抑えることが出来ない声で、×××は毛布のなかから見上げてくる。
「砂漠の民の女の人は、家族をオアシスに残して世界中を旅する男の人を追い掛けたりしないんだって。なんでか知ってる?」
「電話が発明されたから?」
「砂漠の風がね、運んでくれるからなんだって。砂漠の風がね、旦那さんや恋人のにおいもハグもキスも、地球の裏側からでも運んでくれるからなんだって」
 それはとてもロマンチックな話だと微笑みが漏れた。年頃の、×××の性格ならきっとこういう話は絶対に好きだろう。×××の睫毛が夜空を映した円い瞳に影を落としている。それが無性に愛おしい。不意に彼女の睫毛が震えた。
「だからね、」
「うん?」
「もし私がいなくなっちゃったとしても、私は今ここで花京院くんが好きだって風に乗せるよ。承太郎にも、ジョセフおじいちゃんにも、アヴドゥルさんもポルナレフもイギーにも。そしたらいつか、風が運んでくれるかな」

 ×××のそんな言葉が不意に脳裡に蘇る。自分は腹に穴をあけて、今から死ぬのだというのに。物心ついたときから傍にいたハイエロファントが解けるように消えかけている。ああ、死ぬのかと本能的に、自分のことなのにひどく客観的に理解した。
 ここで命を落とすことに後悔はない。ただひとつやり残したことがあるのなら、×××に伝えたかった言葉がいくつもあることだった。旅を終えたらすきだと伝えたかった。柔らかな髪を撫でて、ふっくらとした桜色のくちびるにキスをして。甘いこころを囁いて、手を繋いで夕焼けを歩いてみたかった。もう、それも叶わないだろう。
 完全に意識を落とす直前、ふきぬける砂のにおいのする風にキスをした。

「      」

 いつか、×××に届きますように。


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