私の畑で


※ 逆トリップ


 特にすることもない。仕事はおろか、やるべき家事もなにもかも終わらせてとても暇だった。×××も暇を持て余して、飼い猫を持ち上げて調子はずれな歌にあわせて膝上で踊らせている。猫がいい加減にしろとうんざりした顔でうにゃんと鳴いた。
 しかしリゾットがこの無為に時を過ごすのは喜びであると知ったのは、×××の古びた家に居候するようになってからだ。それはひどく心地よく、またどこかいびつにゆがんでいた。
 忘れもしない、ひと月と少し前。満月の晩だ。何を言っているのか分からないと思うが「ボスに敗れて死んだと思ったら、目覚めると見知らぬ女に介抱されて」いた。はじめリゾットはかなり疑っていたが、スタンドすら見えずろくにケンカすらしたことのないであろう女の×××曰く「血だらけだし、うちの前でぶっ倒れてたし、怪我した猫みたいで可哀想だった」とのんきに缶酎ハイを煽る姿をみて、無害だと理解した。そうして帰るとこがないのなら、と×××と奇妙な同居生活をはじめた。

 一度だけ、どうしたら帰ることができるのか、死んでいるのならあの世とやらに行けるのかと呟いたことがある。そのときの自分の表情がどんなものだったかは思い出せないが(そもそも自分は感情がおもてに出る人間ではないけれど)、余程困った顔をしていたらしい。
「リゾットもそんな顔するんだねえ」
「でもその前に雨漏り直すの手伝ってよ。 この家、曾祖父の代からあってさ、すンごいボロくて」
 ×××の古い家は雨漏りだの床が抜けるだのすきま風だのに悩まされる。リゾットの手のひらにあった呟きは、いつのまにか工具とすり替わっていた。

 雨漏り修理をした古い家。×××の祖父が無理やりつけたという錆びたベランダに布団を干した。下町ののんびりした外のにおいと、じっとりとした陽射し。ナポリの下町とどこか似ていたがギャングの影も、ケンカのケの字もない。そう考えて、リゾットは自身のなかで望郷の念と、暗殺という仕事にすら一種の愛着があったことに気が付いた。
「二人でやれば、たのしいね」
「お腹すいたし、ちょっとはやいけど一杯やんない?」
 るんるんれぇ、らぁるられ、と調子はずれに歌う×××と一杯やっているうちに、愛着も望郷の念も×××の作るくどいのか食べなれないのか分からない酒のツマミを胃に入れることとすり替わってしまっていた。

 歩道と車道を分けるブロックの上をふらふら歩きながら、夕焼けが綺麗だと×××はヘラヘラ笑う。いつだったかメローネが同じことをして、「いい歳こいて、ガキかお前はよォ」とギアッチョが文句を垂れていた。そういえば、彼らはどうしたのだろう。リゾットは不意に「ボスの娘」を追っていたことに気が付いて、×××が転ばないように繋いでいた手がふるえた。そういえば、ではない。
「夕焼け綺麗だけど、本当は怖いんだよねえ。 黄昏って知ってる? その話をばあちゃんから聞かされて以来小さい頃はビビってた」
「黄昏をすぎたら魔物の時間だ、怖いから早くかえろ」
 ふるえたのはリゾットの手だけではなかったらしい。身体をくっつけて互いのぬくもりで恐怖をまぎらわしているうちに、夜をこえていた。

 ×××の腹が太ったのと異なる膨らみをみせはじめた。リゾットと×××の奇妙な同居をはじめてから随分と時が過ぎている。そんなことに今更気付くほどに、ここで過ごす時間は心地よく穏やかだった。
 るんるんれぇ、らぁるられ、と調子はずれに歌う×××の声を聞きながら、リゾットの幼い従妹もこうして調子はずれに歌っていたことを思い出した。もう、どれほどあの子の墓参りをしていないのだろう。かつて自分の殆どを占めていたはずのあの子のことを思い出して、×××の歌声が頭の中を駆け巡る。

私の畑で迷ったおひと
かえりの道をおしえましょ
また今年、ふたりで種蒔き
手を取ってこの家へ帰るの

 駆け巡る歌を捕まえる。
 そ帰り道の終わりはこの×××の古びた家なのだと、ようやく理解した。


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