継承


 「備えよ」と私に言葉を預かったひとは、四百余年を歴史を重ねる継承者で、杉のてっぺんから街を眺める少年であり、いい年こいたおっさん…もといじいさんだ。夢で会うふるい男の人は始祖にあたる。
 始祖の彼の名前を聞かなかったし私も教えていないけれど、私は彼を知っているし、彼も私を知っている。私たちはそういう仲だった。
 彼と会うときは、決まっていやに現実味を帯びた夢の中、夢というもうひとつの現実。ただ脳が見せる映像ではなく、鏡のうらに隠れた現実だ。

 私は黒いものに追われ、獣を遠ざけ、悪しきものから逃げていた。それらから身を守るすべを完璧に持っているわけではない。猟銃を持っていても猪狩が出来るわけではないのと同じように、私は身を守ることができないのだ。念のための防犯ブザーやスタンガンにあたるものはあるけれど、効果を発揮するかどうかはタイミングと相手次第だし。
 とにかく、私は逃げなければ危ない。なんで私はこんなことばかりなんだろう、ほんといやだ、つらいよマジで。恐怖で竦む足を動かす私の背中から、白金の腕が一筋の光を指し示す。ああ、あそこへ逃げなければ。一筋の光へ手を伸ばすと、そこは立派な一本杉へと続く石段のふもとだった。
 起き上がれば思いっきり掴まれる腕。石段へと引き上げてもらっていうのもなんだけど、痛い。引き上げてくれたのは、いつものあのひとだった。

「ほら、しゃんとしねえか」
「…すいません」

 苦笑にも似た呆れ顔で、頭をべしんと叩かれた。ああ、だって大変だったんだもん。あーあ、疲れたぁ。はしたないと小言を言われようとも、だらしなく石段に腰を下ろした。
 匿ってと頼まなくても、助けてくれと頼まなくても、彼は私をここへと導いてくれるのは分かっている。でも言わずにはいられなった。「ちょっと匿ってくださいよ」。そうしないと、逃げ果せる気がしなかった。

 彼は厳しくも優しいひとだから、少しだけ話すこともできた。私の話。ここの近くの話。私が聞いたもの、みたものの話。思い掛けず零してしまう本音もあった。たとえば、もう、みたくもない、感じたくもない。ただひとだった頃に戻りたい。とか。抗えない衝動――あるべき本能なんて。とか。

 そういうときに限って、彼は優しい。何かしてくれるわけではないけど、なんていうか。オーラとか雰囲気とか。目覚めたときにその名残を滲ませてくれたりとか。もう一度ただの夢を見るまで見ててくれたりとか。
 それなのに、それなのに。

「――備えよ、×××」

 いつもより低く紡がれる声に、畏れ慄き、またその背後に秘められた意味を視た。
 ――それは警鐘であり神託。預言であり先見だ。

「冗談キツいって」

 重くのしかかる言霊。備えよ、と。彼と同じ言葉を預かった彼の継承者は、少年の姿で杉のてっぺんから見下ろしている。


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