警鐘


 ある少女と夢で相見る。いつも同じ場所で、だった。
 そこは夢とはいえ現実味を帯びた風景と感覚に、当初は戸惑ったが幼い頃から折々ある現象ではあるので、これもひとつの現実なのだと受け入れることにした。夢というもうひとつの現実。

 少女と会うのは、立派な一本杉の前である。杉の前には細やかな供物台が置かれ、己が背にする杉を目指すようにいくらかの石段が設けられていた。しかしこの石段を降りてはならない。石段の最下段から先は暗闇だからだ。
 杉に背を預けてみたり、石段に腰掛けたり。葉さえも揺らさぬ静寂は渺々とした寂寞。神経を研ぎ澄まし水面を斬るにも似た無音は、時の流れを感じさせることはない。ここでは一瞬が永遠であり、永遠が一瞬だった。
 やがて石段の先の暗闇から這うように現れたのは、逢瀬の相手ともいうべき少女だ。今日は肩で呼吸をするように、息を切らしている。その腕を掴んで暗闇から石段へと引き上げた。些か強く腕を掴んでしまったが、これは不可抗力だ。

「ほら、しゃんとしねえか」
「…ほんと、すいません」

 ああ、疲れた、と。だらしなく石段にどっかりと腰を下ろす少女は、後ろに白金の神腕を隠していた。

「はー、ちょっと匿ってくださいよ、アレが追いかけてきたら私帰れないんです」
「ここには誰も来ないだろう」
「あれ、たまに来ません?この杉の木のてっぺんに男の子が。あれぱっと見男の子なんですけど、実際いい年こいたおっさんです。知ってました?」
「いや、知らねえな」

 それから少女はその「いい年こいたおっさん」から聞いたのだという話を、頼みもしないのにべらべらと話し出した。
 この杉の木の近くにちっちゃいふたご山があるでしょう。あれ、女の人の胸に見えるからおっぱい山ってあだ名なんだとか。
 豪奢な甲冑はがダサいから、私は赤備えよりも黒漆の真っ黒いやつが好きだとか。
 子供の名前は省略したりあだ名で呼ぶことなく、きちんと呼んでやれだとか。本当にしょうもない話だった。
 それから、泣きそうな顔をして、いつも最後に言うのだ。

「あんまり、知りたくないんですよね。みたくもない。感じたくもない。でも必ず「ある」んです。これって結局は抗えない衝動、ひとつの「本能」ですよ」と。そして声もなく嗚咽をこぼした。
 その泣き顔に、なんて声を掛けてやればいいのか分からず「そうか」と返すに留めようと思った。思ったのだ。

「――備えよ、×××」

 口から出たのは。

「はは、冗談キツいって」

 畏怖とも恐怖ともとれる愕いたそのかんばせ。涙に濡れたその黒い瞳にみえたものが、何かは知らない。
 ただひとつだけ確実だと言えることは、彼女の「いい年こいたおっさん」だという少年が、この杉の木のてっぺんにいることだ。


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