夢想する少女


 少女の頃は、恋人の死を想像してうっとりしたものだ。悲劇のヒロインになって、二人の恋は永遠になる。
 それでいて少女の頃のうっとりするような幻想は、鈴を鳴らすような痛みを伴った。一人ぼっちになったヒロインが二人分の物語を紡いでいくなんて、できるはずがないのだから。

 シーツを顎まで引いて眠る恋人の寝顔はどこかあどけない。普段の気障ったらしい仕草も、矜恃を湛えた瞳もすっかり息をひそめている。恋人の癖っ毛を指で梳いて、×××はほう、と溜め息をついた。その吐息は愉悦か恍惚か。どちらにせよ悦に入る色をしている。
 もしもこのまま、恋人が目覚めなかったら?
 ×××のなかの夢想する少女が鎌首を擡げた。このまま恋人が目覚めなかったら。まずは冷たく眠る彼の隣でうっとりと頬を撫で、髪を梳いてキスをする。それから静かに涙を落として愛の言葉を囁いて、重く淀んだ恍惚に震えながら喪服に着替えて。勿論左手の薬指にはきらめく銀のリングをして。そうして、二人の恋は永遠になれる。

「…×××、?」
「おはよう」
「んん…おはよう…」

 もごもごと喃語のような挨拶が男の、長いまつ毛をふるわせた。しなやかな男の腕が、×××の腰に回る。少女の夢想の残り香が息を返した。
 なにを考えていたのか、と×××が夢想にうっとりとしていたことを知っているような口振りで男が問う。
 ちりん、ちり、ち、ちりん。目を閉じた闇のもっともっと底の暗いところで、鈴が鳴った。縹緲の闇のなかの痛覚。もしも、恋人がこのまま目覚めなかったら?×××は果たして自身の物語と恋人の物語の二つ分、二つ分の物語を紡ぐことができるほどつよくいられるだろうか?

「バーナビーが、とってもすきだなあって」

 ×××は非力な女にすぎない。力が、富が、名声が、まして精神的な意味としての力さえも、持ち得ることはない。ただの、女にすぎないのだから。物語とは生命である。二つ分の生命を×××が抱えていくことができるのか。単純明快、どうにも無理な話だ。
 しかし、それであっても×××が×××と恋人との物語を抱えるとするのなら。×××の物語を半分、恋人の物語を半分、足してひとつとすると、或いは。

「それは僕もです。 ×××も、それからお腹の子も」


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