明日の明日の今日
「なぁ侑士、これからなんか食って帰ろうぜ!」
「堪忍ながっくん。用事あんねん。」
ここ数ヶ月、侑士の付き合いが悪い。
前はなんだかんだ言いながら付き合ってくれたのに、最近ではさっぱりだ。
部活が終わると急いで帰っちまうし。
日曜も部活がない日だってどこかに行ってるみたいだった。
一度侑士に聞いてみたら「堪忍なぁ」って言ってはぐらかされたし。
そいえば、杏里と別れてからだな…
<明日の明日の今日>今日も部活を終えた俺は足早に校門をでた。
一秒でも早く
目的の場所に……
「こんにちは。杏里は部屋におりますか?」
「あら侑士君こんにちわ。杏里ちゃん、起きてたわよ。」
「ありがとうございます。」
すっかり顔馴染みになってしまった看護士に挨拶をする。
愛想良く返してくれるんやけど、俺を見る目は影を落としている。
理由はわかっとる。
俺が哀れなんや。
真っ白なドアをノックすると控えめな声が帰ってきた。
「こんにちわ、お嬢さん。」
「ぇっと、どなたですか?」
「初めまして。俺、忍足侑士言うねん。ほら昼間来た忍足先生の息子。」
「何かご用ですか?」
「そないたいした用やないんやけど、ちょっと話さへん?」
「はぁ……」
これが俺と杏里のいつもの"始まり"
時間の許す限り、この病室で杏里と過ごすのがここ数ヶ月間の習慣になっとる。
でもそれは、俺だけの習慣
彼女ハ記憶ヲトドメテオケナイ。
最初は物忘れが多くなったくらいで、本人すら気にも止めてへんかったけど、何の気なしにその事を親父に話したのが切っ掛けに判明した杏里の病気。
徐々に失われていく記憶に加え、新しいことを記憶していくことができなくなった。
今の杏里には"今日"しか存在せぇへん。
「俺テニスやっとるんや。」
「テニスって何?」
「まぁスポーツの一つやな。」
「ふぅん。」
俺の話に笑顔で相槌をうつ姿はなんら変わりない。
親父の話だと言葉を忘れるのも時間の問題
2人で過ごした時間も全てが俺だけの思い出になってしもた
それでも杏里の側にいる事を選んだ
「侑士くん?」
「侑士でええよ。」
「じゃぁ、侑士。明日もお話できる?」
「おん。約束する。」
嘘やないで
明日の杏里は俺の事なんて覚えとらんけど……
杏里からのお願いを断る訳ないやろ
"私が私を忘れても侑士だけは私を忘れないで"
"そない弱気なこと言うたらあかん!"
"私、嫌な女ね…ドラマや映画のヒロインみたいに侑士のために身を引くなんて嫌よ。重荷になるのはわかってる、でも侑士の事だけは忘れなくないの!側にいてっ…一人にしないでっ"
"当たり前やろ!!側におる。忘れてまうなら何度だって俺と出会って好きになってや"
「愛してる」
そっと抱きしめた杏里の体は前よりも少し細くなっとって、今にも消えてまいそうやった
"私も愛してる"
「えぇ!?ちょっなっ…!?」
「いきなりすまんなぁ…ほな、そろそろ帰らんと。」
「…うん。」
杏里に杏里の面影を追うちゅーのもおかしな話で自嘲の笑みがもれる
病室を後にしようとする俺に手を振る杏里
その手に光るリングの意味を彼女は忘れてしもたけど、外してほしくないんは俺のエゴなんや
「またね!」
「おん。また明日。」
そして俺は明日も彼女に"初めまして"って愛を伝えるんや
end
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