明ける事のない夜に、善法寺 伊作を形成していたのは綾部 名前だった。 それ故に全てだった。愛も全て彼に与えていた。しかしどうだろうか。この世界に新たに加えられた要素に彼は、彼に向けていた愛を注いでしまった。 それは心に隙が出来てしまい、《天女》の付加効果に付け入られてしまったのだ。 だが、彼が世界の中心なのには変わりはなかった。しかし、口から出たのは違った。 「最低だ。」 あれほど底冷えするような言葉を、他人に言うならともかく、少なくとも彼に言うはずはなかったのだ。後悔や懺悔の言葉が胸を埋め尽くした。何度も部屋に向かって謝ろうとした。だが実際はどうだろうか。 彼は仙蔵や宇沙樹に護られて会いにはいけないのだ。 先ほどもたまたま長屋の縁側から濃い血の香りがし、目が覚めて外に出てみれば先日縫合した傷口が開き、真っ白な肌に紅い血を流した彼がいた。 口を開いたのは僕だった。 「名前、傷口が開いているよ。」 「なんだ、私のことを嫌いになったんだろう。近寄らないでおくれ」 名前は振り返らず、月を見上げながら口を動かした。そっと足をそちらに向ける。 「近寄らないでおくれと言った。」 「怪我は治療しなきゃ。」 「お前のその手、私は嫌いだ。」 「名前、」 「寄るな、私は、お前が嫌い、拒絶した、お前が嫌い。触るな、寄るな。」 彼は首を振り地面をジッと見つめる。泣いているのだろうか。そう思って手を伸ばすが何かがそれを憚った。 「待って、名前!」 クスクスと笑うように彼は振り返ると酷くひどい顔をしてるじゃないか。 頬には泣いたようで乾いた涙の後、真っ赤に腫らした瞳。しかし彼は笑っている。 「好きよ、大好き伊作。お前からはもう私は身をひこうじゃないか。お前が気が済まないと言うなら私は消えよう。」 彼は何を言っているのだろうか。 「悪い冗談はよしてくれ!早く手当てを」「あなたは馬鹿だ。だから嫌いだ。」 そう言って名前を引き寄せて閉じこめるように抱きしめたのは久々知 だった。先ほど任務から帰ってきたのか、濃い血の香りが風にのって鼻孔にかする。 「久々知、」 「先輩が好きだから、貴方も好きになろうとした、でも貴方は先輩を拒絶した。嫌いなんでしょう?だから。」 名前先輩、いただいていきますね。 まるで消えるように闇に消えた彼らを、僕は手を伸ばしたのに掴めなかった。いや、掴めやしなかったのだ。 一瞬にして、心には不安という水がたまり出す。まるで父や母に一人残され、どうすればいいかわからない子供のようなそんな感覚。 呼吸が出来なくなるのだ。酸素を体が拒絶するように。 「伊作?」 「留、さん…」 助けてください。そう呟いた言葉はどうも闇に消えた |