兄憤る




ムカつく、ムカつくムカつくムカつく!ああ、なんで私が伊作に突き飛ばされなきゃいけないんだ!最低?あいつこそ最低だ!
馬鹿なの?死ぬの?むしろ処刑でしょう!ムカつく!本当にムカつく。もうこれは私に殺されたいって事でいいんだね!

「落ち着け、まさか伊作がお前にそんなことを言うとはな。」
「殺したい、私を突き飛ばしたあいつ諸共あの小娘なぶり殺したい。」
「名前。」

仙蔵は作法の予備で置いている琴線を私に手渡すと落ち着け、とまた言う。
私は至って落ち着いている。そう言うと呆れたような表情で嘘つけ、なんて言われた。

「本当は泣きたいんだろう。」
「おだまり。もう私にはお前くらいしか愚痴をこぼせる相手がいないんだ。」
「悲しい奴だ。」
「おだまりってば。もうやだ。喜八郎でも、兵助でも、私のこと慰めに来たら今なら受け止められる。」
「ほぅ、」

たん、と後ろに重力がかかり、畳の青臭い香りが鼻についたと思えば頭に鈍い痛みが加わって目を見開く。目の前に妖艶に笑う仙蔵の顔がそこにはあった。

「仙蔵、悪ふざけは許さない」
「悪ふざけなんかしてないさ、今なら誰でも受け止められるのだろう?」
「仙蔵はそんなことしないだろう。」
「さあな、私も人並みには欲情するぞ」
「仙蔵、」

す、と私よりも冷たい指先が私の鎖骨から首筋にかけて撫でられる。まさかすぎる展開に些か頭が回らなくなる。

「おやまぁ、人の兄に何してるんですか先輩。」
「喜八郎じゃないか。由香里さん達と買い物に行くんじゃなかったのか?」
「やめました、だってあの人私に兄様の話ばかりを聞いてくるので興が削がれたんです。」
「だそうだ、よかったな名前。」
「お前は人が悪いよ仙ちゃん」

ニコニコ笑いながら私の上からのいた仙蔵を傍目に、喜八郎は鋤を持っていない私の手を引くと縁側まで引っ張った。

「怪我をしたと聞きました。医務室に行っても、六年長屋に行っても門前払いを食らって兄様の見舞いに全く行けなくて本当に申し訳ございません」
「喜八郎、気にしてないよ。」
「でも、兄様はないてます」
「泣いてないよ。」

ぽたり、ぽたりと指先に涙が落ちる。私はそれを拭おうとはしなかった。泣いてないというのは精いっぱいの虚勢だが、なんだか意地らしく感じて仕方がない。
私はゆっくりと腕を広げると喜八郎を抱きしめた。にわかに土の香りがする。きっとさっきまで蛸壺でも掘っていたのだろう。

「喜八郎、兄を慰めて」

喜八郎はゆっくりと瞼を閉じると体を私に任せた。後ろで仙蔵が苦笑している。

「兄弟というのは、安易に千切れないな」
その言葉は先ほど凪いだ風で私には届かなかった。








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