手向けたのは紅い華




彼岸花が茎から断ち切られいくつも空を舞う、舞う。まるで血を連想させるその色に視線を這わせど、地面に落ちている数え切れない死体が目にはいるだけ煩わしいものはなかったかもしれない。名前は手向けだと言わんばかりに切り落とした花を死体に被せ、寂しそうに瞼を伏せる。私は一連の動作を見ながら呆れたようにため息を吐くと彼に笑われた。

「お前はおかしい奴だ。」
「酔狂なのさ。」
「優しすぎるのさ、お前は」

押し黙るように顔まで伏せて名前はそう、だね。と呟くとゆっくりと顔を上げた。実習だと割り切ればこんな些細なことに胸を傷めることはないのに、この男は違った。他人を殺す動作に、どこかためらいがあるのだ。
その一瞬のためらいはどうなるのか。自分の命を潰えてしまうことになることはわかっているくせに、名前はこうしてそこにあるものを殺したものに手向けてしまう。

「いつか死ぬぞ」
「一度殺されて死んださ」

ふふふ、と笑って名前は私の横をすぎると嬉しそうに花を髪に挿した。
似合う?と女みたいな表情をした瞬間、嫌に鈍い音が奴の背中からしたと思えば、コプリという音を立て口から血を吐いた。
次に瞬きをすれば名前は背中の苦無を引き抜いて向かってきた方向に力一杯投げたのだ。一瞬のことであまり判らなかったが、見事なものだ。

「仙蔵、帰ろう」
「応急処置は」
「場所はわりとちかいし、それに」
「それに?」

天の邪鬼っぽく笑うと口端に垂れた血を腕で拭った。

「だって、伊作が心配してくれるだろう?」
「お前、本当に伊作が好きだな」
「嫌いだよ。あんな偽善者の塊」

でも、見ててとっても面白いんだもの。と言うとくすくすと厭らしく笑う。残念ながら、同意しかねない質問に相槌を打つほど私も優しくないので、嘘付け、とだけ呟いて名前の腕を引いた。
指先は生々しいほどに開いた傷跡から滲み出る血液に濡れ、切り落とされた薬指に被さり落ちる。丁寧に縫合されているその縫い目に嘆息を吐きながら空をみた。もう夕刻だ。皆一様に飯でもってかっこんでいるのだろうか。

「仙蔵、仙蔵。お腹がすいたな。学園に着いたら飯を食べよう。」
「お前は医務室に行ってからだ。」
「やだ、伊作が煩いから」
「さっきまで愉快そうにしてたじゃないか。」
「それはそれ、これはこれさ。」

作ったように不器用に笑い、掴んでいたはずの腕を引かれて私は先に進む。

「仙蔵、今日の話。伊作にしちゃだめだよ。」
「する気もならん」
「うん、ならいいや。あとね、」

本当は、私伊作のこと好きなんだよ?と言った。

「でも、偽善者の塊ってのは本当。」
「中身をみたらなんとやら」
「それでも、好きなんだ。」
「冬四郎、」
「うん、好きなんだよねぇ。おかしいくらい。他人に奉仕する姿なんて見たくないし、やらせたくもない。気を引くために嫌いと言っていたらもう厭きられてしまうだろう。だが好きなんて言ってしまえば保っていた均衡は崩れてしまう。」
「久々知は、」
「久々知のことも好きだよ。きっと伊作に寄せる感情に一番近いのかもしれないね。でも、あれは後輩さ。」

呆れたようにため息を吐き、休憩しよう。と提案した名前の横に座ると肩に頭をのせられた。

「大丈夫か?」
「大丈夫。ただ出すぎただけさ」

ただでさえ白磁のように白く冷たい肌が、まるで人形のように青白く見えた。出血多量のための貧血だろう。私は名前を横に寝かせると手元にある布を先ほど苦無の刺さった患部に当て、きつく縛る。
饒舌に喋っていた唇は青く、呼吸が浅かった。
背中に名前を担げば、喜八郎よりも軽い体重に少しばかり驚きながらもあと一山だけだ、我慢しろ。と呟いて足を走らせる。間に合え、間に合え。

ぱさりと音をたてて落ちたのは頭のとれたて先ほどの彼岸花。背筋が冷たくなった。どうしてこんなにもついていないのか。だんだん冷たくなっていく。

「く、そが…」

ごめんと呟かれた言葉は全て色を消していく気がした。







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