子ぎつねと過去




他人のフリをするのが嫌いだった。他人になりきるのが嫌いだった。所詮、人は個体でしかないのだ。だから、小さな反抗として狐の面をつけていた。

「やぁやぁ、狐さん。新しい委員長かな?」

学級委員長委員会の戸を開けた瞬間目に入ったのは鮮やかな藤色をした髪だった。落ち着きのある態度は一つ上とは感じさせない何かがあって、私は一人瞠目した。

「私に見惚れた?」
「んなわけない」
「おやまぁ、つれないことで。」

クスクスと笑いながら茶菓子に手を伸ばしお前もお食べよ。と言って煎餅を一枚私に渡す。私はそれを無言で手に取ると学年色らしい座布団に座らされた。

「狐さん、お名前は?私は綾部 名前」
「鉢屋、三郎」
「三郎ね。半年よろしくね、三郎」

そう私の名を呼んだ瞬間の恍惚感はなんだろうかと思い至った。私は顔をうつ伏せる。

「三郎、お面は暑くないの?」
「少しだけ。」
「じゃあ手拭い貸すから顔を拭きなさい。汗が首に滲んでいるよ。」

無作法に私の首に手を伸ばし汗を拭き取ると、はい。と私の手に手拭いを納め顔は自分で拭いなさい。という。

「顔を見られるのは嫌だろう?一瞬後ろを向いてやるから拭いておしまい」
「は、い」

まるで母のような態度でそれを言い、煎餅片手に私に背を向けた。私はゆっくり面を取ってその手ぬぐいで顔にへばりつく汗を拭った。鼻腔を擽るような甘い香りはなんだか先輩のように感じて気恥ずかしい。

「三郎、」
「はい、」
「会ったばかりの私が言うのもなんだが、存外世界は優しいぞ」
「え?」

面を被ったか私に確認し、先輩は口端についた煎餅の破片を取りながら私の《顔》を見つめた。
先輩は花が綻ぶかのような笑みで笑い、私の頭を撫でた。

「いつか、お前に顔を貸してくれる優しい奴がいるはずさ。だから、それまで他人に優しくしなさい。いいことあるから」
「っ、」
「さぶろぉぉお!」

すぱーん、と部屋の障子が開かれて私と先輩がそちらを向けばそこに居たのは竹谷と不破だった。

「おや、お友達?」

首を傾げて私を覗くと先輩は行っといで。今日は先輩方は来ない日だからね。と言い、私の背を押した。

「あ、綾部先輩、」
「三郎、明日は羊羹でもその子たちと食べにおいで」

その笑顔があまりにも綺麗だったのを私は今でも忘れらんない。


春風に絆されて
ふ、と浮上していく意識にゆっくりと瞼を開けた。薄紅の色をした桜の花びらがひらひら舞って幻想的な世界を見せてくれる。
俺は頭の下にある柔らかい感覚に違和感を覚えて視線を上げると、そこにあったのは近くにある鮮やかな色だった。

「目が覚めた?三郎」
「名前、先輩。」

可愛らしいくのたまじゃなくてごめんね?とふざけたように笑いながら先輩は俺の頭を撫でながら桜の散り様を見つめてる。先輩は指先でゆっくり髪を梳くと柔らかいね。と呟いた。

「ねぇ、先輩。」
「なぁに?三郎」
「世界は、優しいのかな」
「おやまぁ」

クスクス笑い、俺の瞼を手のひらで隠しゆっくりと先輩は喋り始める。その声は、この春の微睡みの中に溶けていきそうな気がして少し怖くなった。

「三郎、世界は私たち子供には優しいのだよ」

ちゅ、とリップ音が額に響きバイバーイ。と私を膝から下ろして先輩はスタスタと消えてしまう。短時間になにがあったかイマイチ理解できない俺は先輩の消えて行った方向を見つめるしかできなかった。そしてふ、と口端から言葉がこぼれていた。

「あー、マジ先輩大好き」


他人のフリをするのが嫌いだった。他人になりきるのが嫌いだった。所詮、人は個体でしかないのだ。だから、小さな反抗として狐の面をつけていた。
だけどももうそんな必要なくなったみたいだ。世界は明るく自分に笑いかけているように見える。
そう思うと、いつしか狐の面は要らなくなっていた。







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