迷わない
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スーパーでの買い物を終えつつ、リューナは帰路についていた。
ガサガサと音を立てる袋の音を聞きつつ、歩みを進める。
コツコツというブーツの音も、彼女の周囲の音を薄れさせていく。
そのため、背後に迫る不審な影に気付けなかった。
近道だからと、人通りの少ない路地裏を通ろうとする。建物と建物の隙間を縫おうとした、まさにその時だった。
ガシ、と強い力で腕の自由を奪われる。
右手と左手、別々に捕えられたものだから、デュエルディスクを展開させることも誰かを呼び出すことも出来ない。
「…誰…!」
問うが、目の前の男は言葉も発さずにニヤニヤと笑っている。
気味の悪さを嫌という程味わうが、この状況を打開する方法をリューナは持ち合わせてはいなかった。
何が目的か、と探るが、彼の膨らんだ股間が答えを示している。
「…はな、しなさい…!」
絞り出すように命令する。
だが、当然というか。男は従わずに、弧を描く口角を更に上げた。
睨みつけるが、それも逆効果で、彼は舌舐めずりをして期待を膨らませているだけだった。
腕も、動かそうとするが全く敵わない。それが一番リューナにとって屈辱で、悔しかった。
モンスターがいないと何もできない役立たずだという現実を突き付けられているようで。
涙が浮かぶが、それを拭うこともできない。
せめてもの抵抗に顔を背けるが、その目に映ったものは望んだ人物と、その人物が操る赤い機体だった。
「…!」
"彼" はスピードを落とすことはない。
恐ろしい程の勢いで接近して、リューナにキスしようと顔を近付ける男のすぐ横に停車した。
そうしてそのまま降りて、男を殴り飛ばす。
手を放したものだから、Dホイールが支えを失って倒れたが、彼はさして気にしていないようだった。
一撃で気絶した男を確認すると、すぐにリューナに駆け寄る。
「大丈夫か、怪我は…!?」
「大丈夫、…ありがとう、遊星…」
じわり、と安堵の涙が浮かぶ。
抱き締めて落ち着かせると、彼は携帯を取り出し、操作して自分の耳に当てた。
どうやらセキュリティに通報しているらしい。
少し話をして、通話を切る。
それからしばらくもしないうちに、サイレンが二人の耳に届いた。
パトカーから出てきた男は二人の良く知っている人物で。後ろで別のセキュリティが気絶したままの男を連行するが、彼は二人に歩み寄った。
「牛尾…」
「遊星、助かったぜ。ここのところ被害が相次いでてな」
「そうか」
殴ったことに関しては正当防衛ってことでおとがめなしだ、と伝えた後、彼はリューナの方を向いた。
「リューナも怖かったな…悪いが、この後調書書きてぇんだ。来てくれるとありがたいんだが…」
「分かったわ…遊星が一緒でもいいかしら」
答える彼女は、遊星の手を掴む。その手は震えていて、彼女の心に衝撃が走ったことを裏付けた。
「俺に異存はない」
「なら頼むぜ」
じゃあ後でな、と、男をパトカーに乗せ、牛尾は先にその場を離れる。
残されたリューナと遊星も、治安維持局に向かうべく、Dホイールを起こした。
・
・
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「怖かったな」
ポッポタイムに戻ってきた遊星はリューナを抱き締める。
あやすように頭を撫でると、意外な言葉が返ってきた。
「…腕相撲、して欲しいのだけど」
ぎゅうう、と服を掴まれたまま言われたその言葉に聞き間違いはない。
どうしてこのタイミングで、とは思うが、敢えて聞かずに遊星は承諾した。
机の上に肘を乗せる。
合図をすると、握られた手に力が入った。
彼女の全力らしいが、残念ながら自分の手を動かすまでにはいたらない。
痛くしないように優しくリューナの手を伏せさせていくと、抗いきれずに彼女の手の甲が机についた。
「…これでいいのか?」
聞くが、彼女の目は遊星を見ていない。
納得いかないというように自分の右腕を睨みつけると、もう一度それを差し出した。
「いえ、もう一度よ」
「…分かった」
何度も何度も優しく倒していく。
それは腕が代わっても同じだった。
結局、リューナが遊星に勝つことはない。
何が言いたいのか、何に気付いて欲しいのか、この間遊星はずっと考えていたが、全く分からない。
答えを教えてもらおうと口を開こうとした時、彼女は机に伏してしまった。
「…リューナ…?」
僅かに漏れる嗚咽。
勝てなかったのがそんなに悔しかったのかと慰めようとするが、言葉が見つからない。
「すまない…」
とりあえず謝ってはみるが、彼女は首を横に振る。
「違うの…」
「違う…?」
「"私"は…こんなに非力だと思うと…情けなくなるの…」
ぐす、と自らの手で目じりを拭う。
なんとなく察した遊星は、彼女のデュエルディスクを指差した。
「…?」
「彼らを使役できるのも、リューナ、"お前"の力だ。彼らの力を借りるといい」
「…」
「そうでなくても…ほら」
遊星はリューナの手に自分の左手を添える。
そうして握られたままの自らの腕を押して行って 、手の甲を着かせた。
「こうすればいい。これならさっき勝てなかった俺にも勝てるだろう?」
「遊星…そうだけど、私は…!」
「言いたいことはわかる。だが、もう一人で何もかもやる必要はないんだ。カードも、俺もついているから」
「…」
「さっきは出遅れてすまない。だが、必ず守るから。安心してくれ」
まっすぐ蒼い目に見つめられて、リューナの顔が赤くなる。
逸らせない目はそのままに頷くと、左手で頭を撫でられた。
「いい子だ」
「…子供扱いしないで欲しいのだけど…!」
「じゃあ大人扱いしてやる」
身を乗り出した遊星にキスをされる。
ちゅう、と吸われたことで、リューナの心を今度こそ安心が占めた。
ふわりと微笑む彼女の顔に、迷いはない。
「…もう一度、腕相撲しましょう。今度はガンターラに手伝ってもらってもいいかしら」
「ああ、かかってこい」
冷風と共に現れたガンターラが、遊星の左手越しにリューナの右腕に添えられる。
きゅん、と鳴いて出てきた守護陣も、遊星の隣の椅子に上る。
どうするのか、と見ていると、守護陣は彼の首元に顔を近付けて頬ずりした。
前足も、彼の脇に添えられている。
途端に右手から抜かれる力。どうやら彼の目的は遊星を無力化することにあるらしい。
「はは、くすぐったいぞ守護陣」
『主、今だ。守護陣が作ってくれた隙を生かすぞ』
「ええ、分かってるわ。…遊星、覚悟なさい」
遊星の右腕を3人と1匹かかりで押し倒すというハンデにも関わらず、リューナの顔には幸せそうな笑顔が浮かんでいた。
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マリアマリー様(メールではマリちゃんと呼ばせてもらってます)とのメールの中で生まれたネタ。
夢主は腕力だけで言うこと聞かされるの大嫌いそうだなあと思ってやった。(今更)
あと遊星をイケメンに書きたかった。これ重要。
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