アキと仲良くなる話
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久々に、アキがポッポタイムにやってきた。
学校のテストが終わったとかで、時間に余裕があるからとのことだった。
龍亞や龍可とは時間割が違うらしく、彼らとは別で遊びに来た彼女を、リューナはリビングに上げてもてなす。
と言っても基本的に食べ物のないこの家では出せるものは限られている。
紅茶を出すだけで精一杯だが、アキは不満はないようだった。
学校では、街では、と話を展開させていく彼女だったが、視線は不自然にさまよっている。
「…どうしたの?何か気になるものでもあったかしら」
「え…あの…」
意を決して聞いてみると、アキの視線はある一点に集中する。
自分の服を見つめられて、つられてリューナも顔を下に向けた。
「少し汚れてるわ…貴方は女の子なんだから、もっと身だしなみに気をつけないと…」
階下に遊星がいるということで、アキは声のボリュームを押さえる。
その気遣いは嬉しかったが、指摘されたところでどうしようもない。
「そうなんだけど…服これしかないし…」
「洗濯の時とかどうしてるの?」
「インナーだけとか…遊星のジャケットを貸してもらうときもあるけど」
淡々と述べるリューナを見つめるアキの目が呆れを孕み始める。
はあ、と溜息を吐くと、リューナの手を取って、彼女は立ち上がった。
「もう…!行くわよ!」
一直線に階段へ向かおうとするアキの手に体重をかけ、なんとか阻止しようとする。
振り返った彼女の顔はじれったさが浮かんでいた。
リューナはその表情の意味が分からずに問う。
「行くって、どこに…!」
「服を買いによ。そんな格好でいさせるのは私が嫌だもの」
分かったならついてきなさい、と続けるアキの歩みは止まらない。
リューナを引っ張り、そのまま階段を下って行って、扉に手をかけた。
パソコンに向かっていた遊星は、リューナが別段嫌がっていない、つまり合意であることを察する。
どこに行くんだと聞くと、彼女は買い物だと答えた。
「買い物…荷物持ちに俺も行こうか?」
「いいえ、女の子同士の買い物だから大丈夫」
ぴしゃりと言いきられてしまい、遊星はどうしようもなくなる。
彼女たちのデュエルの腕なら大抵のことならなんとかなるだろうと、彼は見送ることにした。
「気をつけて行ってきてくれ。何かあったら電話して欲しい」
「ええ、分かったわ」
「じゃあ、行ってくるわね」
ばたん、と開かれた扉からは冷気が入り込む。
思わず遊星は身震いしたが、リューナとアキは苦にしていないようだった。
初めてリューナがここに来た時、彼女はアキを憎んでいた。
だが、あの時のデュエルと時間の流れが、それを上手く解消していったらしい。
今は笑って話が出来るし、二人で買い物にまで行くようになった。
それが何より嬉しくて、遊星はパソコンの画面に向かって微笑んでいた。
「よかったな」
「あの場所」の、暗い呪縛はどこにもない。
二人の平穏を取り戻したのは遊星であるが、彼は全く気付いていなかった。
「ここは前にも来た…」
「ええ、ここのショッピングモール、私のお気に入りのブランドが入っててよく来るの」
広い店内には相変わらず人がごった返している。
女性用の服が売ってある階に行こうと、アキは歩きはじめる。
ちら、と振り返ってリューナがついてきていることを確認すると、そのままエスカレーターに乗った。
降りて少し歩くと、彼女の「お気に入りのブランド」だという服屋の前に着く。
アキは躊躇いなく入って行ったが、その後ろに続くリューナは雰囲気に飲まれつつあった。
「…」
「どうしたの?」
気付いたアキが声をかける。もう既に候補があったらしく、その手にはハンガーにかかった服があった。
「いえ、服屋なんて来るの初めてで…お金も足りるかしら…」
ちら、と見えた値札に書かれていた額はリューナの所持金をわずかに上回る。
今アキが持っているものは却下すればいいが、もしあの商品がこの店で一番安いとしたら。
そう考えるリューナの背中を冷や汗が伝うが、そんなことはお構いなしにアキは棚に目を移した。
「いいわよ、私が出すから」
あっけらかんと言い放つ彼女の表情からは冗談は読みとれない。
「…は?」
「だから私が持つわよ。貴方は服を選んで頂戴」
「ちょっと待って、貴方は私に何の義理があって…」
次第に大きくなっていく彼女の口に手を当てる。
黙ったリューナの耳元に顔を持って行くと、アキは「ディヴァインのことで」と耳打ちした。
「遊星が貴方のデッキを使って彼を撃退してくれたと聞いたわ」
「そうだけど、でもそれがお金だすのとどう結び付くのかしら」
「それを聞いて、私も彼を完全にふっ切ることが出来た。…でも、私が入って彼を貴方から奪ったことは消えてない」
そんなことを未だに気にしていたのか、とリューナは思うが、そう言ってデュエルを吹っ掛けたのは自分だと思い出す。
「だから罪滅ぼしの為におごるの………というのは建前ね」
「建前?」
「純粋に女の子同士のお買いものに憧れていたのよ」
幼少期から力のことで蔑まれ、避けられていたアキもまた、他人と交流する機会などほとんどない。
ましてやこうして買い物に行くなどということはなかった為にそう思うのは道理だと言える。
なるほど、とリューナが呟いたのをいいことに、アキは彼女の手を引いた。
「分かったなら付き合いなさい。以前は下着だったけど、今日は全身コーディネートしてあげるわ」
これは、こっちは、それならあれは、と矢継ぎ早に聞く彼女はとても楽しそうで。
ついていけないながらも、リューナはヤケだとばかりに最大限に意見をぶつけていった。
「次は鞄ね」
「え、まだ行くの…?」
「当然よ、この次は靴行くから覚悟なさい」
「えええ…」
結局ショッピングモールを出たのは午後6時を回っていた。
外は暗くなっていて、歩くのは危険だと判断したアキは携帯を手に取る。
そうして電話帳から目当ての人物を探し出すと、2、3言言葉を交わして、迎えに来るように頼んだ。
「…遊星来てくれるそうよ」
「えっ」
電話を切ってアキが伝えてくるが、まさか彼を呼びだすとは思ってもいなかったために素っ頓狂な声が出る。
それなら着いていくと言ってくれた時に素直に頼めば良かったんじゃないかと思うが、アキに連れまわされたことを思うとその考えはかき消えた。
自分でこれだけ疲れているんだから、きっと彼の心労は半端じゃないだろう。着いてこなくて正解だった。
リューナはちら、とその考えをもってアキを見る。彼女は満足げで、疲れなど微塵も感じさせなかった。
「時間かかるそうだからお茶でもしてましょうか」
店内に戻る足取りも軽い。
世間の女性は皆こうなのかという思いが湧いてくる中、リューナは逆らわずにアキの後ろについた。
「…楽しかったか?」
「あら遊星。わざわざありがとう」
「ごめんなさい、遅くなってしまって」
少し時間をおいてやってきた遊星が、二人の座っているテーブルに近付く。
足元の多い荷物に目をやると、彼の顔が曇った。
「それは構わないが…こんなに買ったのか」
「ええ、楽しくなってきちゃって。…まずかったかしら」
アキが答えるが、遊星の表情は晴れない。
「いや、そうじゃないんだが…金はどうしたんだ」
痛いところを突かれたリューナが目を逸らす。庇うようにアキは遊星の視線を自分に向けさせた。
「私が出したのだけど」
「そうか…だが悪いな。せめて半分だけでも出させてくれないか」
そう言って彼は財布を取り出す。慌ててリューナも自分の財布を出したものだから、彼女はそれをなんとか制した。
「いいのよ、私の自己満足なんだから。…それより、帰りに私の家によって欲しいの」
「もちろん、お前も送って行こうと思っていたからいいが…」
一体何があるんだ、と聞こうとする遊星を留める。目の前のコーヒーを飲み干すと、アキは行きましょうかと言って彼のDホイールが停めてあるであろう場所まで歩き始めた。
そうして、荷物をDホイールに乗せる。
人間の乗るスペースがなくなったため、遊星も押して歩いて、アキの家までたどり着いた。
急いで彼女は中に入っていってしまったため、取り残された二人は夜風に当たりつつ、どうしたらいいか頭を悩ませる。
「…帰っていいのかしら」
「…さあ」
玄関で寒さに震えること十数分。ようやくアキは再び姿を見せた。
大量の紙袋とともに。
「よい、しょ…お待たせ」
「…!?」
「アキ…それはなんだ?」
重そうに運んでくるそれを受け止めて、遊星は口を開く。案の定ずっしりした重みがあって、一旦彼はそれを地面に置いた。
封はされていなかったため、上から中身が見えてしまう。
答えを知った彼だが、それでも疑問の視線を投げかける。
リューナも同様に信じられないといったようにアキを見るものだから、彼女はプレッシャーに耐えかねて言葉を発した。
「…お歳暮とかお年賀とか…パパの関係でいっぱい来るのだけど食べきれなくて。そっちは5人いるし、食べ物なら困らないでしょう?」
缶詰やら紙パックのジュースやら肉やら。
確かに困らない、むしろ助かるが、こんなによくしてもらっていいのかという考えが遊星とリューナを占める。
疑問の顔が遠慮の顔に変わったところで、アキは笑った。
「別にいいわよ。腐らせて捨てる方がもったいないじゃない」
「…そうか、助かる」
「本当に貰ってっちゃうわよ、いいのね?」
リューナが念を押すが、アキはただ頷くだけだ。
また遊びに行きましょうね、と手を振って、帰るように促す。
遊星とリューナは増えた荷物をなんとか抱えて、暗い夜道に足を踏み入れていった。
「…楽しかったか?」
重量が増したDホイールを押しながら遊星が問う。
横のリューナは服の入ったショッピングバッグを両手に提げて、その問いに肯定した。
「…けど疲れたわ…」
「そうか」
はあ、と息を吐くと白く染まって闇に消える。
何かが楽しくて繰り返すと、つられた遊星も同様に白い吐息を作り出す。
夕飯を前にお預け状態のジャック・クロウ・ブルーノの3人は、遊星とリューナが寒さにはしゃいでいることなど露知らず、彼らが帰ってくるまでの30分を只まんじりと過ごすしかなかった。
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アキさん夢…になったんだろうか。
議員の娘さんだし、アキさんはおこづかい良い額もらってそうだなあという願望というか想像で書きました。
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