海と星A
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倒れたアキが上半身を起こすと、そこにはまだ主人に寄り添う海竜の姿と「竜宮の使い」の姿があった。
「アキ…!」
すこし間を置いて、遊星がアキに走り寄る。
それを見た少女は顔を歪ませ、全てのカードをデッキに戻した。
同時にダイダロスの姿も消える。
「君は…アルカディアムーブメントの一員だったのか?」
確かめるように質問する。
しばらくして「そうよ」という返答が聞こえた。
「私はあんたを許さない、ディヴァインに一番愛されてたくせに彼を裏切って見殺しにしたあんたを!」
アキは言い返す事はせず、黙って彼女の話を聞いている。
「…君は、ディヴァインのしていた事を知っているのか?あの事に加担していたのか?」
アキを助け起こし、庇うように遊星は立つ。真意を汲み取ろうと、少女から目をそらさない。
「…あんたは、「何」なの?」
少女は問いには答えず、アキから視線を外し、遊星の方に向ける。
初め遊星は何のことかと悩んだが、質問の意図が分かると強い意志をもってそれに答えた。
「仲間だ」
「遊星…」
少女は一瞬驚いた様子だったが、すぐに冷たい表情に戻った。
「なら、私の敵ね…!」
デュエルディスクが彼女の感情に呼応するかのように光る。
(アキの様子…私が知っている時と違う…?)
少女はもう一度、アキに視線を向ける。しかしすぐに青年に視線を戻し、そしてデュエルディスクを見た。
(だとしても、私には関係ない。)
シャッフルを終え、彼女の手に5枚のカードが握られる。遊星も準備が整っていた。
「「デュエル!」」
「君は…ディヴァインが君を利用しようとしていた事を知っているのか?」
ジャンク・ウォリアーと共に、遊星は少女を見据える。
彼女は、というと氷結界の龍ブリューナクを従え、その問いに答えた。
「知っていたわ。」
「なのに何故ディヴァインの事をそれほどまでに慕う?あいつは、君に酷い事をさせようとしていたんだぞ!?」
「それでも!」
遊星の言葉を遮るように少女は声を荒げた。
「彼が私の居場所である限り、彼に従うしかないでしょう?……私が望む世界を、彼が代わりに作ってくれるというなら…」
アキには、気持ちが痛い程伝わってきた。
自分もかつて彼女と共にディヴァインのもとにいたのだから。
それでも、「今」のアキは「あの時」の自分が間違ってる事を知っている。
だからこそ、遊星に彼女を止めて欲しいと願った。
「奴が作ろうとしていた世界は、君たちサイコデュエリストを戦争に使う、恐ろしい世界だ。君もそんな世界を望んでいるというのか!?」
「なら、私の、私たちの力は何のために存在するの!?こんな力、何に使えるというの!」
悲痛な叫びが遊星とアキの鼓膜を揺らす。少女は、ぐ、と拳に力を込め、己の半生を呪う。
「…どうせ貴方には分からないわ…ターンエンド」
諦めが混じったその言葉に、遊星は彼女を救いたいと思った。
「…オレのターン!」
「…」
少女は強く、遊星をにらみつける。
負けるものか、と自分に言い聞かせるかのように。
「ジャンク・シンクロンを召喚!ジャンク・ウォリアーにジャンク・シンクロンをチューニング!」
緑の輪が2体を包む。
それは、形を変え龍となった。
「飛翔せよ、スターダスト・ドラゴン!」
少女は身構えた。
遊星はあくまで自分の、デュエルのスタイルは変えなかった。
「…スターダスト・ドラゴンで攻撃、シューティング・ソニック!」
ブリューナクが破壊される。
その余波が、彼女にも届いた。
「…っ!」
少女は一瞬ひるむが、それは本当に一瞬の事で、すぐに力強い視線を遊星に向ける。
「君の心の痛みは、オレが何度でも受けとめてやる。……ターンエンド」
遊星が見た少女の顔には、屈辱と驚きが入り交じった、複雑な表情が浮かんでいた。
間をおいて、少女はデュエルディスクに手をかける。
「…ドロー!」
ドローしたカードを見た途端、少女の顔は狂気に歪んだ。
「シー・アーチャーを召喚、手札から「大波小波」を発動。自分フィールド上の水属性モンスターを破壊し、破壊した数だけ手札から水属性モンスターを特殊召喚出来る。……おいで!」
彼女のフィールドに、先程アキにとどめをさしたモンスターが表れる。
「海竜‐ダイダロス!」
もし、自分が「竜宮の使い」でなかったら、誰も傷つけないデュエルが出来たのだろうか、と少女は思った。
しかし、自分の辿る運命は「竜宮の使い」であったのだ、と自分に言い聞かせる。
「ダイダロスを墓地に送り、海竜神‐ネオダイダロスを特殊召喚!」
双頭の海竜が待っていたとばかりに暴れる。
効果を使われ、ダイレクトアタックされたら負ける。
遊星は彼女の強さを痛感するしかなかった。
「………ネオダイダロスで、スターダストに攻撃するわ、メイルシュトローム!!」
二つの頭から水の波動弾が発射される。
スターダスト・ドラゴンは破壊され、遊星のフィールドはがら空きになった。
「遊星!」
アキが彼の身を案じる。彼女の瞳が、自分たちがアルカディアムーブメントにいた頃とは全然違うことに、少女はいよいよ気がついた。
「…ターンエンド」
結局効果を使われなかった事に遊星は安堵するが、それは彼女の賭けだという事に気付いた。
「…オレのターン!」
彼はこのターンで勝たないと、恐らく彼女に敗北すると悟る。 そうしたら、彼女を救うことはできない。
だからこそ、遊星は残酷になった。
「手札から、ジャンク・シンクロンを召喚!ジャンク・シンクロンの効果で墓地のボルト・ヘッジホッグを特殊召喚する!…さらに墓地のボルト・ヘッジホッグ2体の効果を発動!…墓地から、ボルト・ヘッジホッグを2体特殊召喚する!」
「な!?」
一呼吸置き、青年は少女を見据える。
「…アキは、ディヴァインを見捨てた訳じゃない。自分の大切なものを取り戻したんだ。」
「大切なもの?」
少女はチラ、とアキに視線を送る。その目は、彼女自身に言わせようとしているようだった。
「家族との…仲間との絆よ」
「絆?」
「そう、私の居場所を取り戻せたの。ディヴァインのもとにいたら、取り戻せなかったものよ!」
アキは、必死に少女に語りかける。彼女がいい方向に受け取ってくれることを期待して。
「確かにあなたがディヴァインのもとを離れ、その絆というものを取り戻せたとして、ディヴァインはどうなるの?自分が取り戻せたら、今までの居場所はもういらないの?」
「その居場所は、君たちサイコデュエリストを兵器としてしか受け入れない偽りの居場所だ!そんな場所にいる必要がどこにある!」
「…!」
遊星が代わりに答えたことで、少女はアキから視線を外す。その瞳は、今までの憎悪に満ちたものではなく、ひどく混乱したものだった。
アキの雰囲気が違うのも、ディヴァインのもとを離れ、「絆を取り戻した」ため?
兵器でなくなったから、こんなに柔らかい雰囲気に変われた?なら…
自分の中のディヴァインが、居場所が、崩れていく。
兵器としての自分を、自覚していたつもりだった。
そこしか居場所がないのなら、例え兵器であろうと、その役目を果たすつもりだった。
でもそこが偽りの場所であったというのなら、今までの、兵器としての自分は何だったのか。
自問自答しても、答えは見つからない。少女の目から、涙があふれる。
「なら、私の居場所はどこにあるの…!?」
デュエルディスクを撫で、悲痛な声で呟く。ネオダイダロスが、彼女にそっと寄り添った。
「君にも、家族がいるんだろう?」
「いないわ、私には家族や仲間なんていない…皆、死んだもの…」
アキと遊星はしまった、という顔をする。幸い少女はうつむいているため、その表情を見られることはなかった。
「なら、俺が君の居場所になる、居場所を作る!だから、負の感情にとらわれるな!」
「!?」
彼女が、顔を上げた。
「ボルト・ヘッジホッグにジャンク・シンクロンをチューニング!切り開け、ジャンク・ウォリアー!」
二つの赤い目が海竜神を捕らえる。
「ジャンク・ウォリアーの効果、ジャンク・ウォリアーがシンクロ召喚に成功した時、自分フィールド上に存在するレベル2以下のモンスターの攻撃力の合計分、ジャンク・ウォリアーの攻撃力はアップする。」
少女のライフは残り1000。
いくらネオダイダロスが守ってくれると言っても限度がある。
「そんな…!」
「ボルト・ヘッジホッグの攻撃力は800。その合計分、つまりジャンク・ウォリアーの攻撃力は1600アップ!」
――私は負ける。
彼と彼のモンスターを見、ネオダイダロスに心の中で謝った。
「スクラップ・フィスト!」
振り下ろされる拳を、彼女とネオダイダロスは静かに受け入れた。
「私の…負けね」
「待ってくれ」
立ち去ろうとする少女を遊星が呼び止めた。
「…何?」
「…一緒に暮らさないか?きっとジャックとクロウも喜ぶ。」
「はぁあああ!?」
最後の絶叫はアキのものである。
彼女も驚いたが、何より言われた本人が一番困惑している。何度も視線を遊星とディスクの間で往復させ、その真意を探ろうとした。
「なんで…!?」
「居場所を作ると言っただろう、今日からここが君の居場所…じゃだめか?もちろん嫌なら断ってくれていいが、行くあてがないのなら、ここにいてほしい。デュエルの相手もいるぞ。」
デュエルしてくれる相手がいる、という言葉を聞き、少女は思わず遊星の手をとりそうになる。
しかし、また自分の力のみが目的だったら、という思いから、中々踏み込めずにいる。
「皆、私を受け入れてくれたわ。きっとあなたのことも受け入れてくれると思う。」
「…アキ…信じていいのね」
アキの後押しも加わり、とうとう少女の決断の時が迫ってきた。
「どうする?」
少女は「今度は負けない」とだけ返す。
彼らには分かっていた。それは彼女にとってのYESである事を。
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