お化け屋敷なんてこわくない
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※時系列としては「Cold to Hot」のあと
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「…あ、なあリューナ」
「何かしら」
「罰として、今度お化け屋敷行ってこいよ。遊星と一緒にな」
「ええええ!!」
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なんて、クロウと話していたのはいつだったか。
いくら気が動転していたからと言って、やはりお給金はひとに投げつけるものじゃない。
過去の自分の言動をひどく後悔するリューナと遊星の目の前には、薄暗い建物があった。
人から見たらこの状況はデートとでも言うのだろうが、彼女にとってはクロウの言う通り罰にしかならない。
期間限定で営業しているお化け屋敷の中からは、ひっきりなしに悲鳴が聞こえてくる。
「…リューナ、大丈夫か?」
「…大丈夫よ」
そうは言うが、顔全体が恐怖と嫌悪に彩られている。雰囲気でも全力で嫌だと主張するリューナが可哀想になって、遊星は踵を返そうとする。
「…やはりやめよう。クロウには行ったということにするから」
「なっ」
「クロウも本気で罰を与えるつもりではなかっただろう。そんな意地悪はクロウは言わない」
「…だとしても、行かなくちゃ」
「リューナ、無理をすることはない」
繋がれた手。ぎゅ、とこもった力の中に震えがあるのを遊星が気付かない訳がない。
そこまでして行く必要を感じない、そしてやはりリューナはおばけが嫌いなのだと再確認する遊星は受付に向かう彼女を止めようとした。
が。
「貴方から、おばけが嫌いじゃないってこと、クロウに証明してもらわないと」
なんて、分かりやすい強がりが返ってくる。
チケットを買いに受付に行くリューナが背を向けている間に、肩乗りサイズのグングニールがそっと姿を現す。その氷龍は遊星と目をあわせると、ひらりと彼の肩にとまった。
『ああは言っているが、本当は怖いのだと思う』
「ああ」
分かっている、と続けると、龍から苦笑が漏れる。やはり貴殿には分かるかと言われたが、正直誰が見ても分かるだろうと遊星は思った。
『そこで、貴殿には、主の庇護を願いたい』
「ああ」
『きっと主もそれを望んでいる』
「そうか。…そうだといいが」
ふと零れた言葉に、グングニールの目が丸くなる。
まるで意外だとでも言いたそうなその眼差しは、すぐにからかいをもって細められた。
『…主は、もっと貴殿に甘えたいと思っている、と言ったらどうする』
「え」
思わず、肩のグングニールに目を遣る。
しかし彼は既にそこになく、冷たい風が一陣吹き抜けただけだった。
「…おまたせ」
「あ、ああ」
そして、目の前には険しい顔のリューナ。
これを渡してしまえば終わりだと言わんばかりにチケットを差し出す彼女に、もう後に引けないのだと遊星も悟る。
「…本当に行くのか?今ならまだ払い戻し出来るだろう」
「い、く、ったら行くのよ」
一瞬目が泳いだのを見逃さない。隠し切れない「嫌だ」という思いをどうにも無視できないでいると、ついにリューナに手を引かれてしまった。
ずんずんと進む彼女を無理に止めることも遊星にはできない。
分かった、と自らも足を動かして、リューナの前に出た。
「こんにちは、お二人ですか?」
「ああ」
「ではチケット拝見しますね。…はい、ありがとうございます。ではどちらか、この提灯をお持ちください」
「…提灯?」
ぐ、としがみつくリューナが顔を覗かせる。
「はい、仕掛けがございまして、驚いたりなどされて揺れたりすると、段々暗くなっていきます。屋敷の中にもある程度の灯りはございますが、提灯が消えてしまうと亡霊が頻繁に出てくるかもしれません」
「…」
「怖いのが平気、という方には消灯した状態でお渡ししていますが…どうしますか?」
ただの営業スマイルのはずなのに、リューナには恐怖の笑顔に映る。
祈るように遊星を見上げると、彼は「点けてくれ」と即答していた。
「では、いってらっしゃい」
ばたん、と扉が閉まる重い音が、絶望の音色にも聞こえる。
ひ、と小さく声を上げたリューナの前に、遊星の腕が差し出された。
「俺も、やはり怖いようだ」
「えっ」
「だから、リューナに抱き着いてほしい」
穏やかに笑う彼の表情に、その言葉が嘘だというのはすぐに分かる。それでも遊星の優しさを振り払える程の強がりは今のリューナにはなくて、しっかりと手を繋いだ。
「…こ、これでいいのかしら」
「いや、もっとしっかりがいい」
「…こう?」
彼の言葉通り、しっかり腕に抱き着く。しがみつく、と言っても過言ではないその行動に、しかし遊星の表情は満足げで。
暗く、二人の足音だけが響く静かな暗闇の中、目を閉じていてくれという言葉はしっかりと聞こえる。ぐ、と堅く瞑ったリューナは、遊星だけを頼りに足を動かした。
時折、抱き寄せられたり頭を庇われたりする感触がある。
その時には亡霊が近くにいるのだろうということは推測できるが、遊星は何も言わない。
ただリューナを最大限怖がらせないように守るだけ。時折脅かすような音が聞こえてリューナの手に力が入るが、それからも守るように遊星の体温を近くで感じた。
一度そろりと目を開けてみたが、視界に映るのは彼の焦げ茶色のグローブのみで、施設の何も見ることはない。色が分かるということは提灯の灯りも消えていないということで、彼の胆力に驚愕しながらもリューナはまたすぐに目を閉じることにした。
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「はい、お疲れ様でした。提灯はこちらで回収します」
結局、二人ともがただの一度も悲鳴を上げることはなかった。
外の眩しさに眉を顰めて、次第に慣らしていく。
すい、と遊星が提灯を差し出すと、スタッフは珍しそうに声を上げた。
「あら、殆ど灯りが消えていないですね。お二人とも怖いの平気なんですか?」
う、とリューナの声が詰まる。まあと手短に応える遊星は追撃を避けるかのように、彼女を連れ足早にその場から立ち去った。
守られてしまった。そう考えるのが自然だろう。
よもや龍までが自分の庇護を頼んだなどとは露ほどにも思っていないリューナは、遊星に連れられ街を歩く。けれども隣を歩く遊星の顔は別段変わりない。負担をかけてしまったのだろうと思っても、彼の足取りも普段通りで。
「…ねえ、遊星」
「どうした?」
「…その…、ありがとう」
「…ああ」
それだけの短い会話だが、リューナの表情は重荷のとれたものになっていて、遊星を安堵させる。
何にせよ、行くべきところには行った。今日は一日オフにしているから時間もある。
4人での共同生活の中、リューナを独り占めできる時間は中々とれないこともあって、遊星は彼女が疲れない程度に外出を楽しむことにした。
喫茶店で軽食を食べて、その後もパーツ屋やカードショップを見て。
気付いた時には既に、太陽は沈みかけていた。
「あら、もうこんな時間」
「本当だな」
「そろそろ帰らなくちゃね」
「…そうだな」
二人きりの時間も、終わっていく。正直名残惜しくて仕方がないが、様々な表情のリューナを見られたことに深い充足感を覚えて同意する。
どちらともなく繋いだ手は温かくて、とても離したくなんてなかった。
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そして、夜。
帰ってきたクロウから、今日の感想を求められる。
「大丈夫よ、何も怖くなかったわ」
怖かったか、怖くなかったかと聞かれれば、そう答えるしかない。
事実お化け屋敷では怖い思いなど一度もしなかったのだから。
ただそれは100%遊星のおかげであるのだが、当の本人が黙っていることをいいことにリューナも言わない。
「そういえばよ、今日配達してたらそこより怖いってお化け屋敷の招待券を貰ったんだ。怖くなかったんだったら…」
差し出される、おどろおどろしい雰囲気の二枚のチケット。
今度こそ青ざめたリューナの、「今度は貴方とジャックでどうかしら」という声がポッポタイムに響いた。
(…あの反応はやっぱり…)
(皆まで言ってやるな)
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氷結界と結託する遊星が書きたかった。
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