お強請りしてみた4
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「割引券を貰った。良かったら行かないか?」
きっかけは、遊星のその一言。
彼の仕事が忙しく、二人で出掛ける機会が減っていることもあり、リューナは一も二もなく頷いた。
「え、っと、貴方は大丈夫なの?その、スケジュールとか」
「ああ、取りあえず急ぎの仕事は終わらせた。あと細々としたものが残ってはいるが…皆が休めと言ってくれた」
「そう。…確かに帰り遅かったものね?」
「すまない」
睨むような、いじけたような眼差しは遊星に刺さる。
フォーチュンが安定していても、「何か」が起こる可能性はある。
毎日夜まで残業する彼を待つリューナは、同じ日数、寂しい思いをしていた。
むくれてしまった彼女を慰めるように頭を撫でて、遊星はリューナの手を取る。
「だから、今日はリューナと一緒にいたい」
「…もう」
照れからか、そっぽを向いてしまうリューナの耳は確かに赤い。
微笑ましくなった遊星は口角を上げたが、彼女は気付かないままだった。
以前にも来た水族館のゲートをくぐると、そこは一面水の中。
青と魚が彩るその空間に、リューナは感嘆の溜息を漏らした。
「すごい…綺麗」
「ああ」
ひらりと舞う魚、じっとそこに留まる魚。
飽きさせることのない彼らに、リューナが夢中になるのは必然と言えた。
だけど、少しはこっちを向いて欲しい。
繋いだ手に少しだけ力を入れて、遊星は彼女に自分を意識させる。
「奥にも色々あったな、行こうか」
「そうね、そうしましょう」
今度は、リューナが遊星を引っ張る番。
純粋に楽しんでくれているのが嬉しくて、遊星は頷いて隣を歩いた。
「…あら?」
その途中に見つける、とあるポスター。
思わず足を止めたリューナの隣で、遊星もまたそれを見る。
イルカとの触れ合い体験を謳うその告知に、彼女の瞳が輝いた。
「ね、ねえ、遊星、イルカとの触れ合いって」
「ああ、今日もやっているようだ」
「本当?」
「しかももう受け付け始めているようだ」
「えっ」
確かに、ポスターにある受け付け開始時間をわずかに過ぎている。
先着順ではなさそうだが、善は急ぐにこしたことはないだろう。
「遊星、行くだけ行ってみない?」
「リューナがいいなら行こうか」
ぱあ、とリューナの雰囲気が明るくなる。
分かりやすい反応を返すリューナが可愛くて、遊星は彼女の後に続いた。
ひょっとしたら、何か期待できるかもしれないとほくそ笑んで。
そして辿り着いた受け付け場所。
そこには既に、数組の人がいた。
だけど先着順ではないらしく、受け付けを締め切った様子はない。
「まだやってる…のかしら」
「そうみたいだな」
「あ、応募者多数だと抽選みたい」
そう話している間にも、一組、また一組と集まる。
時間もなくなってきて、目に見えてリューナはそわそわし始めた。
その様子も可愛いが、このままだと話が進まない。
「…」
「やってみたいのか?」
「え…ええ、出来たらでいいのだけど」
目を輝かせて頷くあたり、口ぶりに反して真剣なのだと分かる。
にや、と笑った遊星は悟らせないように、すぐに言葉を発した。
「なら、お強請りしてみてくれ」
「えっ」
「別に嫌ならいいが?」
意地悪く微笑む遊星の表情はどことなく妖艶で、リューナの頬が赤くなる。
だけど、モニターに映るイルカの可愛さには抗えない。
ぐ、と迷っている間にここから離れて、水槽の前に歩いていってしまおうとする遊星を留めて、リューナは息を飲んだ。
「どうした?」
「う…」
「リューナのお強請りが聞きたい」
「や、やらしいこと言わないで」
「何がいやらしいんだ?」
顔を真っ赤にするリューナが愛おしくて仕方がない。
あまり意地悪すると拗ねてしまうため、遊星はそろそろ口を閉じる。
係員も姿を見せて、もうすぐで受け付けが締め切られるとなった時、リューナは漸く遊星の袖を掴んだ。
「…ね、遊星…お願い」
羞恥もあって瞳を潤ませて願うリューナに途方もない庇護欲が沸く。
愛情と劣情と独占欲が心を占めた頃、とうとう締め切りの時が来た。
「任せてくれ」
そう言って係員の声が聞こえる場所まで移動する遊星が頼もしい。
その背中を見守るリューナは、成り行きをじっと見守っていた。
そして間もなく、係員の声が聞こえてくる。
抽選というのはどうやらジャンケンのことだったらしく、その人は手を高く掲げていた。
「…」
ジャンケンは、遊星は強かっただろうか。
前イェーガーを捕まえるためにカップヌードルのイベントを開催した時は確か勝ち抜けていたと思うが。
じい、とその様子を見守るリューナは、係員と遊星の手だけに注目していた。
*
本当に、自分の言葉には魔力でも宿っているのかとリューナは思った。
いの一番に参加権を手に入れた遊星とリューナは、係員の後に続き、参加者控室に到着する。
どうやらイルカに触れ合うのと、パフォーマンスのように指示を出すのと、二種目やるようで、熱心なレッスンが二人を待ち受けていた。
「…すごく、楽しみ」
「ああ、そうだな」
他の参加者もざわざわしていて、部屋全体に非日常の雰囲気が漂っている。
そわそわが伝播して伝播して、皆の期待が強まっているのが分かった。
「皆さん、そろそろお時間です」
にこやかに告げるトレーナーの声も、それを十分に助長させる。
「頑張りましょうね」
「ああ」
上手く出来るだろうか、ちゃんと触れ合えるだろうか。
わくわくそわそわするリューナと遊星は、ついに舞台に立つ。
目の前のイルカの目線はまっすぐで、リューナもまたまっすぐ向いて、教わった通りの指示を出した。
「…!」
すると、イルカは身体を翻し、水槽の中に潜っていく。
底に着くんじゃないかと思った頃、彼らは尾びれを使い器用にジャンプしてみせた。
太陽の光を受け、輝く身体に思わずリューナは息を飲む。
続いた遊星のパフォーマンスも、鼻先で、吊されたボールにタッチするという難しいものだったが問題なくイルカはクリアして、リューナと遊星は顔を見合わせて笑った。
*
「あー、楽しかった!」
「そうだな」
きちんと応えてくれたイルカと握手して、写真撮影までして。
台紙に収められた記念写真を腕に、遊星とリューナはまだ見ていない水槽へと足を運んでいた。
純真無垢なイルカはやはり楽しくて、思わず時間を忘れてしまう。
付き合ってくれた遊星にも礼を言って、リューナはとことこと歩いて行く。
ある程度進んだところで、ふとリューナは立ち止まった。
彼女につられて遊星も立ち止まる。
ふとこちらを向いたリューナは、先ほどまでの表情と一変してしょんぼりと眉を落としている。
何故そういう表情をするのか分からず、遊星は動揺した。
どうした、と問う前に、けれどリューナが言葉を紡ぐ。
「でも…今回は私、自分のためにお強請りして…」
「?」
もちろん、遊星と楽しみたいという心もあった。
けれど、間違いなくあの案内を見た時には、「触れ合いたい」という思いしかなく。
そのつもりはないのに遊星を蔑ろにしてしまったことに、リューナは罪悪感を抱いていた。
「ごめんなさい、我が儘…よね」
「我が儘なんかじゃないさ」
だけれど、ふ、と笑う遊星は微塵も煩わしさを感じさせない。
逆に、罪悪感を消し去るように、慈しむような眼差しを彼女に向ける。
「リューナがしたいことは俺もしたいことだ。気にしなくていい」
「もう…甘やかしすきよ…」
けど、責められなくてほっとした。
ほんわりと笑ったリューナは心底安堵して、気分が軽くなる。
遊星が頭を撫でるのも手伝って、もう引け目など感じない。
「…遊星、ありがとう」
「何がだ?」
「頑張って、勝ってくれて」
「別に、リューナのためならどうということはない」
「それでも、ありがとう」
遊星には一生勝てないなと思いながら、リューナは彼の隣を歩く。
まだ、通路は続いている。
密かに楽しみにしているタカアシガニもまだまだだ。
パンフレットを見ながら鑑賞する二人を、魚たちもまた見ていた。
「今日は、リューナと一緒にいられて良かった」
「…」
「笑ってくれたから、俺も嬉しい。リューナの楽しそうな様子を見るのが楽しいんだ」
「…貴方、魚見てる?」
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はい、恒例のお強請りネタでした(恒例て)
今回は大.鯨と大.和が欲しさに書きました(率直すぎ)
期待してます!!!!
2015.12.24・25
相次いで大.和と武.蔵が着任しました。
ちなみにその二日前くらいにはビス子も来ました。
やばいぞいよいよ何かあるぞうちの遊星…
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