”海の子”が、やってきた

※時期的には四聖獣編〜暗黒武術会前です


「皆、紹介したいやつがいる」
そうコエンマに言われて、幽助、桑原、蔵馬の3人は霊界に霊体を飛ばす。
しぶしぶ呼び出されたものの、3人とも「紹介したいやつ」がどんな人物なのか内心わくわくしていた。
「しっかしよー、なんでわざわざ霊界で紹介すんだよ」
「確かに人間界で会わせてくれりゃいいのになー」
「人間界で存在することが難しい人かもしれませんよ」
その発言に、幽助と桑原は全く同じタイミングで蔵馬を見た。
「…なんだよそれ、そんなヤバい奴なのか?」
「ヤバい、というより…例えば霊界の重役とか」
「コエンマより偉い奴がいんのかよ」
「まあ、それはそうなんですけど…」
3人分の足音がぴたり、と止まる。そこはもう、自分たちを呼びだしたコエンマの自室だった。


ピピ、と手慣れた手つきで蔵馬がロックを解除する。以前来た時に暗証番号を聞き出したらしいが、それに疑問を持たない二人は、のほほんと彼の後ろについて入って行った。
「おうコエンマ、来てやったぜ」
「御苦労御苦労、いやー最近仕事が忙しくての。人間界に行く暇がなくて来てもらったんじゃ」
「それはいいけどよ、誰だよ紹介したい奴って」
自分で肩をたたきながら次々印鑑を押していく幼児は、自分が座っている椅子の奥にある扉――幽助たちが入ってきた方向とは逆の位置にある――に向かって手招きをする。
「全くせっかちな奴だな。まあいい、入ってきてくれ」
自動ドアが開くと、そこには振袖に身を包んだ少女が立っていた。手には錫杖のような形の杖を持っており、ただの人間ではないことは一目で分かった。にこ、と微笑まれ、三人の頬が微かに赤くなる。
「…誰だよこの可愛いねーちゃんは」
「口を慎まんか!この方は”海の子”である」
「海の子…?」
聞きなれない言葉に、幽助は少女を凝視する。強そうには見えないが、何か大きな力を持っていることは、彼にも分かった。
「蔵馬、聞いたことあるか?」
「…あるにはあるんですが…俺が魔界で盗賊をしていたときに耳にはさんだ程度です。まさか本当に存在していたとは…」
三人の視線が痛かったのか、“海の子”は錫杖を顔を隠すように構える。彼女をまぁまぁとなだめながら、コエンマは説明を始めた。
「”海の子”というのは、言ってしまえば精霊のような存在だ。まあ、そのままだが、海というか水が関わるもの全般を司っている。いつもは霊界でそれぞれ仕事をしてもらっているが、今回彼女に霊界探偵の仕事を手伝ってもらうことになった」
一体どういう経緯でそれが決定したのか。説明不足だと蔵馬は感じたが、あえて気にせず、彼に質問を投げかけた。
「手伝ってもらう、とは?」
「そんなに難しく考えなくとも良い。お前たちと一緒に事件を解決してもらうだけだ。」
「それは構わねーが戦えんのかよ」
「水を操る力を持っている。戦いはした事がないが、役に立つだろう」
挨拶してくれ、と促すと、”海の子”は一歩前に出て、再び笑う。錫杖の遊環がチャラ、と音をたてた。
「ええ、と、ご紹介にあずかりました”海の子”です。よろしくね。実戦では役に立たないかもしれないけど、仲良くしてくれると嬉しいな」
屈託のない表情はどうみても悪い奴には見えなくて、幽助達は毒づく気を削がれる。
「こっちこそ、よろしくな」
「ええ!」
伸ばされた手を嬉しそうに握る。コエンマは「うんうん」とほほえましそうに眺めながら、しかし手を休めることはなかった。


「そうと決まれば、見学のために人間界に住まわせたいのだが…」
ちらり、と3人の顔色を窺う。誰に押しつけようか考えているその表情は隠せるものではなかった。
「誰かに押しつけようとしてんだろ、テメー」
「じゃあ逆に聞くが生まれてずっと霊界にいる人間を、不慣れなままでほっぽり出すというのか?」
それはあんまりじゃろうが、と大げさな口ぶりで非難する。”海の子”は、というと困ったように苦笑していた。
幽助が言葉に詰まると、見かねた蔵馬が助け舟を出す。
「じゃあ俺が引き取りますよ」
「いいのか、お前かーちゃんは…」
「なんとかします。実際頻繁に出入りしている飛影も母さんには気付かれていないし」
少女の表情が、ぱあ、と明るくなる。
「ただ、この格好のままで人間界を出歩くのは派手すぎる。服を調達しますが、経費で落とさせてもらいますよ」
まるで脅すような口ぶりに、コエンマは蛇に睨まれた蛙のような心境に陥る。
まあ仕方あるまい、と呟いたのを聞くと、待ってましたとばかりに蔵馬は”海の子”の手を取った。
「決まりですね、領収書は後から送ります」

「でも”海の子”って呼びにくくねえか?なんか別の名前を…」
横槍を入れたのは幽助である。まあそれもそうか、と”海の子”以外全員が一致したところで、桑原が彼女に尋ねた。
「おめー”海の子”以外の呼び名ってあんのか?」
「え、私は生まれてずっと”海の子”で過ごしてきたから…よかったら貴方達で私の名前を決めてくれる?」
その一言で、4人の視線が再び”海の子”に集中する。言いだしっぺが自分なだけに、逃げることも杖で顔を隠す訳にもいかず、少女は恥ずかしさからか顔を赤らめた。
「うーん、もうこういうのは直感だよな…なんかねーのかよ桑原ぁ」
「そんなこと言ったって、栄吉たちみてぇにはいかねーだろうが」
「そうですねぇ…」
顎に手を当て、思慮にふけていた蔵馬だったが、ふと思いついたように口を開いた。
「…翼、っていうのはどうです?」
「お、いいんじゃねーか」
「うむ、良い名じゃ」
言われた本人は噛みしめるように頭の中で反芻する。やがて決意したように、蔵馬の手を取った。
「なら、今後はその名前で呼んでくれると嬉しいな」
翼、と”海の子”は自分の名前を繰り返す。記憶したらしく、ふふ、と全員に笑いかけた。


「じゃあ行きましょうか、服を買わないと」
「ええ」
じゃあまた、と翼はコエンマに手を振る。
彼は手を振り返し、人間界に戻ろうとする3人に、よろしくな、と声をかけた。
いつまでも終わらない書類を一つづつ潰しながら、コエンマは既に4人が出ていった扉に目をやる。
「まあ、大丈夫だろう」
2,3日は大変だろうが、蔵馬なら何とかなる。そう思い込むことにして、おしゃぶりを咥えたまま、3時のおやつに手を伸ばすのだった。



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