はじまりはきっと、あの日。
あの日私は彼を見つけた。
理由はわからないけれど、激昂していた彼。
その瞳は燃えるような深い緋色だった。
だから、近付いた。
“クルタ族の”彼に。
「どうしたの?」
……今考えれば、これが間違いだった。
*
視線を空にやる。
黒雲がそこを覆っていた。
……雨が来る。
「……行くんだね」
「ああ」
たった数ヶ月。
たった数ヶ月滞在しただけの街で見つけた彼は、あっという間に私の心をさらっていった。
毎日のように顔を合わせた。
毎日のように笑い合ったし、時には彼の暴走を止めたりもした。
でも、今日でそれも終わりだ。
今日彼はこの街を出るらしいから。
「気をつけてね」
感情を抑えて、にっこり笑って。
私は上手く笑えていただろうか?
「……私は」
ふと彼が口を開く。
迷っているように瞳を揺らしながらも、一瞬の後にはしっかり私を見据えて。
「……君のことが、好きだ」
「……っ」
何故、このタイミングで。
何故、諦めようと心を固めた瞬間に。
……彼はこうもあっさり私を揺さぶるのか。
「私、は……」
言ってはいけない。
諦めがつかなくなる。
わかってる。
なのに何故、何故。
「……私も、好きだった」
言わずにはいられなかったのだろう。
過去形にしたのは、せめてもの抗いだった。
だけど、そんなものは意味がなかった。
見つめ合う。
先に視線を逸らしたのは、彼だった。
「それじゃ、私はもう行く」
「……ええ」
一瞬だけ感じた温もりは、すぐに消えて。
近すぎた距離が離れた時、彼は微笑んでいた。
遠ざかっていく彼の背中が、降り始めた雨に滲む。
強く吹き始めた風が、私のひらひらした服と彼の民族衣装を揺らす。
「さよなら……クラピカ」
きっと届かない。
それで、いい。
そっと自分の唇をなぞった。
いつか、彼は後悔するかもしれない。
私の唇に触れたことを。
私に背を向けたことを。
いつか、私は後悔するかもしれない。
彼に声をかけたことを。
彼を……好きになってしまったことを。
強く、血が滲むほど強く唇を噛んだ。
彼は復讐者だ。
そうだ、彼はハンター試験を受けると言っていた。
彼なら、合格するだろう。
すぐに強くなる。
そして、その時私と彼が会ったなら。
その時私は、彼を切り捨てられるだろうか?
その時彼は、私を許してはくれないだろうから。
「……好き、だった」
声は雨の音に掻き消される。
噛みすぎた唇に痛みを感じた時、携帯電話が音を立てた。
ディスプレイに映った名前に、溜め息をつく。
「もしもし……ああ、次の仕事?うん暇だけど。……オッケー、明後日には着くよ。それじゃ、明後日会おう。
―――――団長」
瞼に残った彼の後ろ姿が、歪んで消えた。
雨の幻想12****
僕の知らない世界で様に提出。
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