狩人 短編 | ナノ


はじまりはきっと、あの日。

あの日私は彼を見つけた。


理由はわからないけれど、激昂していた彼。
その瞳は燃えるような深い緋色だった。


だから、近付いた。
“クルタ族の”彼に。



「どうしたの?」


……今考えれば、これが間違いだった。





視線を空にやる。
黒雲がそこを覆っていた。

……雨が来る。


「……行くんだね」

「ああ」


たった数ヶ月。
たった数ヶ月滞在しただけの街で見つけた彼は、あっという間に私の心をさらっていった。


毎日のように顔を合わせた。
毎日のように笑い合ったし、時には彼の暴走を止めたりもした。


でも、今日でそれも終わりだ。
今日彼はこの街を出るらしいから。



「気をつけてね」


感情を抑えて、にっこり笑って。

私は上手く笑えていただろうか?



「……私は」


ふと彼が口を開く。
迷っているように瞳を揺らしながらも、一瞬の後にはしっかり私を見据えて。


「……君のことが、好きだ」
「……っ」


何故、このタイミングで。
何故、諦めようと心を固めた瞬間に。

……彼はこうもあっさり私を揺さぶるのか。



「私、は……」


言ってはいけない。
諦めがつかなくなる。

わかってる。
なのに何故、何故。


「……私も、好きだった」

言わずにはいられなかったのだろう。

過去形にしたのは、せめてもの抗いだった。
だけど、そんなものは意味がなかった。



見つめ合う。
先に視線を逸らしたのは、彼だった。



「それじゃ、私はもう行く」

「……ええ」


一瞬だけ感じた温もりは、すぐに消えて。

近すぎた距離が離れた時、彼は微笑んでいた。



遠ざかっていく彼の背中が、降り始めた雨に滲む。

強く吹き始めた風が、私のひらひらした服と彼の民族衣装を揺らす。



「さよなら……クラピカ」


きっと届かない。
それで、いい。

そっと自分の唇をなぞった。



いつか、彼は後悔するかもしれない。

私の唇に触れたことを。
私に背を向けたことを。


いつか、私は後悔するかもしれない。

彼に声をかけたことを。
彼を……好きになってしまったことを。



強く、血が滲むほど強く唇を噛んだ。



彼は復讐者だ。
そうだ、彼はハンター試験を受けると言っていた。


彼なら、合格するだろう。
すぐに強くなる。


そして、その時私と彼が会ったなら。

その時私は、彼を切り捨てられるだろうか?

その時彼は、私を許してはくれないだろうから。



「……好き、だった」


声は雨の音に掻き消される。


噛みすぎた唇に痛みを感じた時、携帯電話が音を立てた。

ディスプレイに映った名前に、溜め息をつく。



「もしもし……ああ、次の仕事?うん暇だけど。……オッケー、明後日には着くよ。それじゃ、明後日会おう。

―――――団長」




瞼に残った彼の後ろ姿が、歪んで消えた。








12****

僕の知らない世界で様に提出。


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