空気の中に毒 | ナノ


夜の闇に紛れるように、黒いコートの男と黒いスカートの女が顔を突き合わせていた。

「金は振り込んでおいた」
「それは確認済みだよ。ていうか私達情報屋じゃないんだから自重してよね。そっち情報担当いるでしょ」
「情報は多ければ多いほど良いからな。それに」
「それに?」
「お前らに頼むと気楽でいい」
「こっちは疲れんだけど。……じゃ、妹待たせてるから」
「ああ」

女から男へ、小さなメモリーカードが渡される。杜撰な態度で手をひらひらと揺らした女は、男の返事を待たずに踵を返す。
短く言葉を返した男は、小さく肩を竦めて、同じく女に背を向けた。





「もしもし、夕雨? ねえ、やっぱり……んぇ? いやアイツ一人だけだったよ。来なくて正解。……ああ、だからさ。
――蜘蛛の依頼、請けるのしばらく止めない? 凄い面倒臭いから」

電話越しに、妹が笑う気配がした。『じゃあしばらく万屋はお休みしよっか』と、そう軽く答えた夕雨の言葉に賛同して、私は通話を切った。

アイツ、基、幻影旅団団長と話して削られた精神が、夕雨と話すことによって地味に回復したようだった。

「相っ変わらずのシスコン具合だな」
「勝手に人の思考読まないでくれる?」

いつの間にか姿を現した白銀に、文句をぶつける。ここ一年で、もう言い慣れてしまった言葉だ。

そう、私達が所謂トリップをしてから、一年近くが経過していた。慣れない環境に最初こそ戸惑ったが、何とか妹と二人、万屋として生計を立てていく程度に足場を固めることは出来た。

……というのは嘘で。正直、通帳に示された数字は、今まで見たことのない桁にまで膨れ上がっていた。何とか生計を立てる、どころか豪遊出来そうだ。
まあ、いつ何があっても良いように、仕事はあまり休まないのだが。

「つか仕事って……今更だけどハッキング、クラッキングが特技の女子高生って怖ぇよな」
「だから人の思考を読まないでってば。仕事って言っても情報屋じゃないんだから、それだけじゃないよ」

そして先程から何の躊躇いもなく思考を盗み見する白銀は、神様らしくチートだった。

「神の眷属、な」
「いやそれ本当どうでも良いから」

心は読むわ、姿を自由自在に消すわ、挙げ句の果てに物やら怪我やらを直すわ、念話を送りつけて来るわ。
何でもありか、と突っ込んだら、殆ど何でもありだと何てことない声音で言ってのけた。
もう気にしても仕方が無い、とある程度は割り切っている。未だに文句は言ってしまうけれど。

「あんたの相手って疲れる」
「クロロ程じゃ無いと思うが?」
「疲労の種類が違うんだよ。もう良いから帰ろ」
「しばらく仕事休むんだろ? その間何すんだよ」
「夕雨に相談してからだけど……そうだな、そろそろ天空闘技場も期限来るし」
「ああ、そういえばそうだったな」

この世界に来てから一年。私達が、生まれた世界で死んでから、一年。
長いようで短く、短いようで長かったこの一年、私達は確実に生きやすい環境にいるのだと思う。
生活をするための金に困ることもなく、どうしても欠如しがちだった精神的な強さをフォローするための肉体的な強さを手に入れた。子供二人で生活していても、さして好奇心を寄せられるわけでもなく、犯罪に当たる行為は見逃され。

幸せ、なのかもしれない。
最愛の妹と、何だかんだで世話焼きなカミサマと、三人で暮らすこの生活は。
幸せ、なのだと思う。
生きることに困らないこの環境は、死ぬ前の私が喉から手が出る程欲しかったものだ。

それなのに、何故だろう。満たされた気がしない。
手に入れれば手に入れるほど、欲しいものは増えていって。酷く欲深な自分に、吐き気さえして。

ねえ、カミサマ。私の隣にいるあんただよ。
あんたは、私達に何をしてほしいの?

私達は、何をして生きていけば良いの?

目的を失ったまま、私は。明日へ生きていく。


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