※アオの象徴と空気のコラボ
※きっと明日も、と同一設定
昼休み、そろそろ寒くなってきた中庭には人影はない。
珍しくひとりぽつんと昼食を取っていた瑠依は、近づいて来る足音に顔を上げた。わざわざこんな寒い中、外に好き好んで来る奴もいないと思っていたが、思い違いだったらしい。
「瑠依」
「……白銀先輩」
足音の主は、先輩にあたる白銀だった。セーターを着用しても肌寒さを感じている瑠依に比べ、白銀はベスト1枚で何でもないような顔をしている。
……そうか、こんな奴が外に出て来るのか。
「珍しいな、あんたが俺らと弁当食わないなんて」
「気分が乗らなかったもので」
「ふぅん……」
視線を再び弁当に落とした瑠依の対面の椅子に座り、頬杖を付いた白銀は、何でもないことのようにぽろりと言葉を漏らした。
「まあ、どうせ何かあったんだろ?夕雨関係か?それかクラスか」
「…………………ええ、まあ」
疑問の形をしたその問いは、しかし確信した口調で投げられたので、瑠依は否定を諦める。なぜだかこの先輩にはバレバレらしい。
紅桜みたいだ、と思う。もしかしたら適度な距離を保っている分、白銀の方が上かもしれない。白銀には一緒にいてもどこか傍観者のようなところがあるから。
「…少し、さっきの授業でいろいろありまして」
「いろいろ?」
「別に悪いことじゃないんですけど。ただ大変だなぁ、と思っただけで」
そう、本当に大した事ではないのだ。ただ少し、クラスメートからの頼まれ事が憂鬱なだけで。
いつもなら、こんなことなんでもないのに。常日頃からの憂鬱の欠片が積み重なって、正直夕雨と顔を合わせたくなかった。彼女はクラスメートだから、彼女自身に関係はなくても、思い出してしまう。
だからまあ…正直話す気は一切なかったのだけれど、気付いたら口が勝手に動いていた。
……本当は、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
その点、近すぎず遠すぎずの距離感を保つ白銀はうってつけだった。
「最近、クラスメートが俺に頼み事をしてくることが多くなって、ちょっと憂鬱なんです。男子からなら断れるけど」
「フェミニストかっての……。そんで、ひとりで全部やろうと抱え込んだ、ってわけだ」
恐らく、クラスメートにも悪意はないのだろう。あったら間違いなく夕雨が怒るし、第一瑠依も引き受けない。
悪意がないから、引き受けてしまう。抱え込んでしまう。
どこか、そんなところが似ている奴を思い出して、白銀は小さく笑った。
「あんたさ。似てるよ、やっぱり」
「似てる…?」
「そ。……朱雨にそっくりだ」
白銀の口から出てきた名前に、瑠依は首を傾げる。
「朱雨先輩…ですか?」
「そうそう。悪意がない押しに弱いとことか……何かを抱え込んだら、誰も頼ろうとしないとことか」
そうなるまでの経緯は違うけれど、根本も違うけれど、でも似ている。白銀がずっと見続けていた人間に。
だから、気になったのかもしれない。
「でもさ、たまには誰かを頼らなきゃ。…潰れんぞ?」
「…………」
「まあ、どうでもいいけどさ」
言いたいだけ言って、白銀は立ち上がる。すたすたと立ち去りながら、そういえば、と口を開いた。
「ああ、そういえば。夕雨が死ぬほど心配してたぜ」
どうでもいいと言いながら何気なく手を差し延べて、でもその手は自分の手ではない。なんて白銀らしい言動だろう。
再び独りになった中庭は、どこか広く感じる。半分以上残っている弁当を閉じ、寒空を見上げた。
「あー!やっと見つけた!」
先程の軽やかで静かな足音とは対称的に、騒がしく近付いてきた足音と声。よく知った声の主は、
「んもう、瑠依ってば。探したんだからね」
「…悪い」
夕雨だ。瑠依に気安く話し掛けて来る人間など、限られている。
「チャイム鳴っちゃうよー」
「…………ああ、わかってる」
どこかぼんやりとしている瑠依に、夕雨は首を傾げ……ぽん、と手を打った。
「よし、サボろう」
「……は?」
「だからサボろう。5限」
はい、と手に持っていたブレザーを手渡され、何故夕雨が持っているのか不思議に思いながらも有り難く受け取る。サボりに反対する気は、なんだか起きそうになかった。
「あ、それ、さっき白銀に渡されたんだよね」
瑠依のブレザーを摘んで言う夕雨に、瑠依は内心呟いた。
――あの人、いつの間に……。
「サボるのはともかく、何処で過ごすつもりだ?」
「んー、屋上?」
「言うと思った…寒いと思うんだけど」
「ダイジョーブ!あたしセーターとブレザー着てるし。瑠依もブレザー着てりゃ寒くないでしょ?」
「……まあ、いいか」
夕雨に引っ張られて階段を駆け上がる。昼休み特有の騒がしい廊下を通り過ぎ、上へ上へ。
掴まれた手首に感じる力は、強い。死ぬほど心配していた、というのは嘘ではないのだろう。
屋上に通じる扉を、押し開けて、暖かい室内から吐く息の白く染まる屋外へ。冷たいドアノブに、一瞬息を詰めた。
「……たまには頼ってよ」
ドアノブの冷たさに驚いていた瑠依の耳に、不意打ちで届いた声。
不機嫌そうなのに、震えた声。
「あたしって、そんなに頼りない?」
「そういう訳じゃないんだけど」
「だったらさ、頼ってくれてもいいじゃん。どいつもこいつも……みんなみんなひとりで全部抱え込んでさ…ずるいよ」
思わぬ言葉に目を瞬かせる。
「ずるいよ、ずるい。あたしだって、力になりたい。なりたいんだよ……瑠依の馬鹿」
「……ごめん」
夕雨の瞳が一瞬、泣きそうに揺れたのを見て、言葉に揺り動かされて、謝ることしかできなかった。
「謝んないでよ。謝らなくていいから、頼ってよ。たまには」
「……あり、がとう」
ふい、と顔を背けて脚を投げ出して座る夕雨の隣に、そっと座る。
「ああもう、ホント、お姉ちゃんにそっくり」
「えっ」
「ん?」
「それ、さっき白銀先輩にも言われた」
ふたりで並んで、空を見上げる。遠くでチャイムが鳴っているのを聞きながら見上げた空は、さっきよりも広く見えた気がした。
12****
突発的にひとみ様に捧げた物。
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