幸せな世界で不幸を忘れて
※まさかの夢主姉妹だけっていう。
※現代日本に居た頃の話。
ただいまー、といつも通りボロアパートのドアを開けた夕雨は、玄関から見える食卓の上を見て目を瞬かせた。
世間では今日は所謂クリスマスイヴで、街はイルミネーションやらクリスマスソングやらで賑わっている。ついでにカップル達も急増中だ。流石クリスマス。
だが、基本的にケチな親族の仕送りと微々たる朱雨のバイト代だけでの姉妹の生活は、クリスマスに現を抜かす程の金銭的余裕が無かった。
はずが。
「おかえり、夕雨」
「あ、うん。……じゃなくて! お姉ちゃんこれどうしたの!?」
食卓の上には骨付きの鶏肉と、小さいながらホールのケーキ。真っ白なホールのケーキなんて久々に見た、と夕雨は唖然とする。ケーキ自体食べるのは久々だ。
「短期のバイト強化月間作って。今日くらい豪華で良いかな、ってさ」
「え、……お姉ちゃん珍しいね」
浪費を嫌う朱雨とは思えない台詞である。
「……そう、だね。あ、でも明日はバイト入ってる。年末って稼ぎ時だから」
「そっかぁ……ありがと、お姉ちゃん。頑張って」
「ん、頑張る」
手洗ってきな、と促されて、戻って来て食卓に座ると、早速プチ晩餐会が始まった。
「あー美味しい! こんな肉食べたのどれくらいぶりだろ」
「結構前だね」
「ほんと」
「……まあ肉以外はいつもと変わらないけど」
もやしで嵩増しした野菜炒めと、米。薄味の味噌汁。いつものメニューに肉が加わるだけで一気に豪華に見える。
「肉があるだけで充分! それにケーキもあるし」
「それなら良かった。ケーキは私も楽しみ」
「……ん? 肉は?」
「肉は夕雨たくさん食べなよ。私少しで良いや」
「え、何か悪いよ」
「良いから。……前、肉食べたいって言ってたし」
『あー、あの肉美味しそう』
ぽろり、と買い物中に夕雨が漏らした言葉を、まさか朱雨は律儀に叶えようとしたとでも言うのか。
あたしの、為に?
「窮屈な生活だから、少しくらい贅沢しても罰は当たらないよ」
柔らかく微笑んだその顔は、夕雨以外には殆ど見せたことの無い、最高に綺麗な顔だった。
「……ありがと」
「夕雨のためならこれくらい」
「お姉ちゃーん!」
感極まって涙腺が緩んだのを誤魔化す為に、夕雨は朱雨に飛び付いた。年上のくせに夕雨より小さく華奢な身体は、ぶれもせずしっかりと夕雨を抱きしめた。
「……大好き、お姉ちゃん」
「ん。私も愛してる」
私の、世界で1番愛しい妹。
幸せな世界で不幸を忘れて二人だから、生きていけるの。