※男主
シンドリアの食客であるなまえはその日、いつものように森で寝そべっていた。何でもやれば出来るこの男、やることが無く暇になるとすぐにやる気を無くし森に行きたがるのである。そんな彼が森ですることといえば、寝るかオラミーと戯れるか、もしくは。
「なまえー!」
きらきらとした少女の高い声がなまえの耳に届く。声の主はシンドリアの八人将のひとり、ピスティだ。
なまえが森で駄弁っているとよくその周囲に出没するため、やることの無いなまえはピスティといることが多い。というよりはピスティに付き纏われている、と言うべきか。
「また来たのか、ピスティ。お前も暇だな」
「なまえったらつれなーい。そんなんだから彼女が出来ないんだぞ」
「生憎、愛想振り撒く奴を好きになる女には興味がなくてね」
「ていうか暇だなって…なまえだけには言われたくないよ」
確かに、と頷いて身体を起こす。そしてピスティの服装を見て、あれ? と首を傾げた。
「ピスティ、その服どうした?」
いつも官服の下に着ているものと同じ色合いの、彼女にしては珍しく露出控えめなその服は、なまえが初めて見るものだった。普段と印象の違うピスティに、ほんの少し違和感が過ぎる。
「えーこれ? ちょっとイメチェンだよー」
「また男に買わせたわけ?」
「なまえってば酷ーい! このピスティちゃんを何だと思ってるの?」
「男泣かせ」
常に複数人の男を作っているものだから、そんな言葉を即答した。それを聞いたピスティは再び「酷ーい」とむくれ、「これは自腹!」と主張した。
「ふぅん。ま、似合ってるんじゃないか?」
薄紅色ののワンピースは、初めの違和感さえ拭ってしまえば文句なしに似合っていた。きゃっきゃと喜ぶピスティを一瞥して、男遊びの趣味さえ無ければ、と肩を竦める。
「ね、ね、なまえー。そんな可愛いピスティちゃんはなまえとお付き合いしてもいいんだよー?」
このお誘いも何度目になるのだか。冗談っぽく笑う彼女だが、目は笑っていない。本気の本気で求められている、そう知っていても、その問いにイエスと答えることは出来なかった。
「何回も言ったけどさ、何で俺? ピスティ引く手多数だろ」
「えー駄目ぇ? だってだって私、なまえのこと好きなんだもん」
真剣な目に、一体自分の何が気に入ったのだろうかと首を傾げる。
金目当て、ではないだろう。彼女に喜んで貢ぐ男はいくらでもいる。何よりなまえは、シンドリアでは守銭奴で名高いのだ。そんな奴に金の掛かる貢ぎ物は期待しないだろう。
ルックス、は有り得なくもないだろう。なまえは誰もが整った顔立ちにスタイルを認める程、ルックスが良い。だがピスティは、外見で判断することは滅多にない。
では、性格か? いや、そんなまさか。なまえの性格が捩曲がっていることは周知の事実だ。
「……悪いけど俺、お前の三番目とか四番目になるのは嫌だから」
「……うん、まあそっかぁ。そうだよねー普通」
ばっさりと切り捨てると、ピスティの顔が、珍しく悲しげに歪んだ。ああ、言い過ぎた。そう思いながら、なまえは謝ろうという気にはならなかった。
事実無根の事を言った訳ではない。現に今も、ピスティには複数の恋人がいるはずだ。
三番目や四番目など真っ平御免、無論二番目だって論外だ。例えピスティを傷付けることになろうとも、それは譲れない。
だから、もう自分に構うのは止めてほしい。なまえだって、ピスティのことを傷付けるのは本意ではないのだから。
「……ごめんね」
泣きそうに歪んだピスティの表情に、こちらまで泣きそうになる。性格破綻者とまで言われるなまえだが、根は優しいのだ。
溜息をついて、ピスティの身体を引き寄せた。小柄な彼女は、少し腕を引いただけで簡単になまえの膝に崩れ落ちてきた。
「あー、もう面倒な奴だな」
驚いて立ち上がろうとするピスティの身体を、両腕ですっぽりと閉じ込める。珍しく焦ったピスティの顔が何だか可愛らしくて、自分からやったこととは言え、目を逸らしそうになった。
「お前もな、俺に所有されたいんなら身軽になれよ」
「…所有って何ー、言い方ひどいなぁ」
「……俺は、自分のモノは最後まで大切にするぜ? なぁ」
「………何それ」
なまえの腕の中に落ち着いたピスティは、額をなまえの胸板に押し付けた。その細い肩と呟いた声が震えていることには気付かないフリをして、ピスティの髪を梳く。
「……なぁ、ピスティ。お前がひとりになったら、俺のモノになれよ」
結局は、そういうことなのだ。他の男に対するものとは違うピスティの態度に、ストレートな想いに、何だかんだ言ってなまえも惹かれていた。だけど、一番でなくては許さない。もっともっと、自分抜きでは生きられない程依存して、そうしたら受け止めてやるから。
「……うん」
小さなピスティの返答は、確かになまえの耳に届いた。
130312
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