彼と彼女 | ナノ


いらっしゃい、と言おうとした声は、中途半端に途切れた。

「や。人売り屋」
「……お前な、何してんだよ」

客に対するものとは大分違うぞんざいな口調に、店に入って来た少女はからからと笑った。

「別にぃ? 折角だからお別れに?」

少女はエリアル。今日遂に買い取られた、人身売買の被害者の一人だ。

「そりゃあどーも。まったく、まさかお前が買われちまうとは思わなかったな」
「買われたくないなら奥に仕舞っとくべきだったんだよ」
「高い品物を奥に仕舞う訳にはいかなかったんだよ」
「それはそれは。そんなに価値を見出だしてもらって恐悦至極」
「相変わらず変な奴だなぁ」

売った本人に何てことない顔で挨拶に来る時点で変な奴のレッテルは剥がしようがない。

「まあ、あんたには世話になったからねー」

エリアルの口調も大分砕けたもので、人売り屋に気兼ねなく話していることが窺える。紅覇に対し、猫を被っていることも。

「私、あんたのことは嫌いじゃなかったよ」
「俺もお前は気に入ってたな」
「役立ったもんなぁ、私」
「自分で言うか?」
「事実、事実」

常連客に売り込みに行く際、人売り屋の護衛は常にエリアルだった。実際にそれで危ういところを救われたこともある。

「ま、それでおあいこだよね。あんたが居なきゃ私が死んでたし」

エリアルは十年以上前、人売り屋に救われた。勿論人売り屋には売り物にしようという下心があったのだが、救われたことは事実である。

エリアルには前世の記憶と能力がある。紅覇に説明しなかった能力は、前世の世界で『念能力』と呼ばれていた。
その能力故に親から疎まれたエリアルは、幼い内に捨てられたのだ。いくら前世の記憶を持ち、便利な能力があるとは言え、幼い子供の身体は一人では生き延びられない。
そこを拾ったのが、人売り屋だったのだ。

「出来ればこれからも使いたかったけどな」
「まあ、ここは居心地良かったよ」

それなりに美味しい食事が出て、運動させてもらえて、まともな寝床が与えられる。こんな待遇の良い人身売買もなかなか無い。

「それが売りだからな」
「真っ当に生きてりゃ良かったのに」
「今更だな、それは」
「確かにね。……そんじゃ。今までありがとう、元気でね」
「おう、お前もな。エリアル」

最後に名前を呼んで、人売り屋は笑顔でエリアルを店から追い出した。

「お前らももう寝ろよ。夜遅いぞ」

店に残っている女達に声を掛けて、人売り屋はエリアルの居た場所を眺める。

「……良い女だったな」

売らなきゃ良かった。

思わず漏れた声は、あながち冗談でもなさそうだった。


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