店から出た紅覇は、半歩後ろを歩くエリアルを見遣った。背筋を伸ばし、前を見て歩く姿は美しい。しかしどうしても気になるのは、彼女の目に恐怖が無いことだった。
紅覇としては別に身体目当てな訳でもなく、ただ興味だけで買ったに等しいが、中には身体目当て、もしくは奴隷にすることを目的とする奴もいるだろう。
これから何があるかも解らない身の上なのに、何故エリアルは堂々と歩けているのだろう。
中心街にあるホテルに戻る道の途中で、紅覇の裾を掴む形でエリアルが引き止めた。普通、人身売買されていた女はこんなことをしないと思うが、紅覇はエリアルを振り返った。
相変わらずの無表情で立つエリアルが立ち止まったのは路地裏だった。咄嗟に店で語られた戦闘センスの高さが頭に浮かんだが、エリアルは殺気立っていない。
「私をお買い求め頂き、ありがとうございます。私の名はエリアル。年は十五に届くくらいだと想定されています」
事務的な声に、少しがっかりした。先ほど店で男に別れを告げた時の方がよっぽど綺麗な声だったように思う。
「僕は練紅覇。お前、僕のこと知ってる?」
「……! 煌帝国第三皇子様ですか?」
「へぇ、知ってるんだ〜」
知らない可能性の方が高いと思って振った問い掛けには、正答が返ってきた。
「世界情勢や文字の読み書き等、基本的なことは人売り屋に仕込まれましたので」
「人売り屋?」
「あの店の店主のことです。便宜上、人売り屋と呼んでいました」
呼び掛ける機会がそれなりに多かったと言うことか。考えてみれば、コミュニケーションは非常に円滑に取れていて、発声滑舌も聞き取りやすい。他人とそれだけ話し慣れている証拠だろう。
「私は、貴方を何とお呼びすれば?」
「紅覇とでも呼べばぁ?」
「……では、紅覇様、と」
「うん、いいよ」
何度か口の中で紅覇の名を呟いていたエリアルは、不意に頭を下げた。
「これからお世話になります」
随分と礼儀の良い、と紅覇は思わずクスリと笑った。
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