純粋に恋をしよう | ナノ


蒼麗はいつもの如く、宮廷の屋根の上にいた。
育ちが良くないにも拘わらずの高い肩書や飛び抜けた能力が無いために、宮中では煙たがられている蒼麗が屋根の上にいようとも、誰も目に留めたりはしないし、邪魔にならないのでむしろ好都合とまで噂されていることを、蒼麗は知っていた。
だからこそ彼女はいつだってここにいるのだ。

それなのに、この男は。

「なぁ蒼麗、まだ拗ねてるのか?」
「何の話でしょうか。それ以前に何故神官殿は私の隣に存在してるのですか」

煌帝国の神官であり、創世の魔法使いマギの一人、ジュダル。
何故だか彼は、随分と前から蒼麗にしょっちゅう構ってくる。そして基本的に他人を無下にしない蒼麗が珍しいことに嫌う人物でもあった。
いつもは柔らかい表情と言動をしている蒼麗が、硬い表情とあからさまに棘のある発言を覗かせる。
台詞の端々から「いっそ死ね」という物騒な言葉が見え隠れしているように、ジュダルには思えた。

「おいおい、それは無いだろ。てか相変わらず俺のこと嫌いだよな」
「……何のことでしょう」

一応立場というものがある為、蒼麗は返答を避けるように固い声を発した。言葉にしないだけでその態度からはありありと敵意が溢れているため、隠してもあまり意味がないのだが、そこは蒼麗の意地なのだろう。
しかし、いつだって彼女の努力は無に返るのだ。挑発するようなジュダルの言葉が、蒼麗を抉る。

「何だよ、紅覇と紅炎が迷宮攻略に行くとき時、俺がお前を呼ばなかっただけだろ」
「……私は紅覇様に命を救われた人間です。紅覇様のお役に立ちたいとの願いを、貴方が無下にしたのでしょう」
「お前が何の役に立つって?」

嘲笑うかのような言葉に、蒼麗はギリ、と歯を噛み締めた。解っている、確かに自分では役には立てなかっただろう。

「それでも、私は……」
「馬鹿かお前。いいか? 紅覇はお前が迷宮に行くことを望んじゃいなかったぜ」
「……うるさい……!」
「今お前が紅覇の眷属じゃないのもお前の『運命』だろ。何今さらごちゃごちゃ言ってんだ」
「黙れ……!」

頭を抱えるように耳を塞いだ蒼麗に、捩込まれるように言葉が侵入する。

「まあ……お前が運命を恨むなら、俺んとこに来いよ」
「誰が貴方に頼るものですか」

キッと睨みつけられて、ジュダルは肩を竦めると早々に屋根から飛び降りた。その姿を認め、息をつく。
どうしたって蒼麗はジュダルが苦手だ。彼は蒼麗の痛いところを的確に抉ってくる。その上で、その痛みから逃げる手段を示すのだから始末に終えない。
今までに何度も思ったのだ。あの手を取ってしまいたい、と。強さを手に入れ、紅覇の役に立てるなら、大嫌いなジュダルの手を取っても良いと思える程、蒼麗は強さを欲していた。
しかし理性がぎりぎりのところでそれを押さえ付けていた。それが今の現状だ。

感情の波に押し流されそうになっていた蒼麗は、慌てて首を振った。まだ一日は始まったばかり、こんなことで悩んではいられない。

強引に封じ込まれた感情が暴れるのには見て見ぬふりをして、蒼麗は空を仰いだ。


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